Out of season

 ディアッカは寒さで眼を覚ました。
 時計を見るとまだ明け方。窓の外はほの暗い。
 隣のイザークはまだまどろみの中にいた。

 要塞基地での1ヵ月半に渡る駐留を終えて、ジュール隊は2ヶ月ぶりにプラントに戻ってきた。必要な残務処理を終えて、隊員には1週間の休暇が与えられた。
 ディアッカは自分の家に戻ることなく当然のようにイザークの官舎に戻って来た。イザークもそれについては何も言わなかった。
彼の運転する車に乗り込むと行き先さえ聞かなかったのだから。
 たまに料理などもするディアッカだったが、さすがに久しぶりの地表でそれをする気にはならず、二人で外食をしてそのままイザーク邸に戻ってきたのだ。
 そして寝室でお互いを求め合い、眠りに就いたころには、日付が変わって数時間たっていたのだった。

「おかしいな」
 つぶやいてディアッカは起き上がると近くにあったシャツを羽織った。行為の後、そのままの姿で寝ていたからそれで寒いのかと思った。だが、それにしても寒すぎる。いつもはこんなことないのに、と。
 久しぶりのプラントで、その気温に慣れていていないのかとも思うが、だいたい外気温が適温に設定されているはずだから、それもおかしい話だ。その証拠に隣で寝ている恋人も寒さのために包まるようにして寝ている。
「…ま、半分はこいつのせいだけどな」
 視線の先のイザークはディアッカの分も布団を見事に奪い取り、まるで猫のように眠っていた。
 その銀に流れる髪を指先に絡めながら、ディアッカは寒さに軽く肩をすくめた。枕もとのコンソールパネルを操作して室温を表示するとそこには10℃という数字が表示された。
「げっ、マジ?!」
 それはありえない数字だった。プラントの気温はたいてい18〜25℃の間に保たれていて、地球でなら最も過ごしやすいとされる季節のものに似せられているのだ。だから室温が10℃なんて本来あるはずのない数字なのだ。
「なんだよ、これ」
 一人で言ってあわてて声を抑える。
 隊長となってから忙しく、ろくに休む暇もないイザークなのだから、たまに気を抜いて寝ているときに起こすことはしたくなかった。
 そっとベッドから立ち上がると適当に服をまとい、リビングに向かう。そこも同じようにひんやりとした空気に包まれていた。
 ますますわけがわからずに通信モニターを開く。手早く操作をしながらカーテンを開けるとそこには信じられない景色があった。
「えっ…」
 目の前ではチラチラと白いものが空から舞い、あたりはうっすらと淡い雪化粧をしていたのだ。
 まもなくモニターには求めていた情報が表示された。
 気象コントロールのシステムのトラブルにより深夜からプラント全域で気温が下がり、しかも降雨の設定がもともとあったために雪となったということだった。
 プラントでも年に何回かは雪の日というものはある。それは地球での気象状況を知識としてだけではなく、体験として身につけるためにあらかじめ決められた日に降る、というものなのだが。
 たいていの恋人たちにとってはロマンチックなイベントとして受け止められていて、無意味に夜中に突然降る雪なんてありえないことだった。
「おいおい、しっかりしてくれよ…」
 ぼやくディアッカに答える声はない。
 モニタのパネルをいじっていくと、システムの復旧は昼過ぎになる見込みだということだった。
「イザーク怒るだろーなー」
 本当は今日は出かける予定だったのだが、この様子ではそれも難しそうだった。
「ま、仕方ないよな」
 言って身震いを一つすると、モニタに室温管理画面を映しだす。だが、外気温のそれと連動しているシステムはおおもとのトラブルを受けてかどうか、一向に効く気配がなかった。
「ちぇっ、なんなんだよ」
 どうやらあきらめるしかなさそうだ、と悟るとリビングのカウンターに歩み寄る。
 そこにはイザーク邸でありながら、ディアッカのためのアルコールがずらりと並んでいる。
「酒でも飲んであったまるか」
 言い訳のようにしてブランデーのビンを取り出すと、グラスと共にトレイに乗せてソファに座り、琥珀色の液体をグラスに注ぐ。
ふわり、と上品な香りを漂わせて琥珀色の液体を一口流し込む。のどにしみ込むようにして、じんわりとあたたまる。
 眼を伏せてそれを飲みながら、ディアッカはふと思う。
 このまま平和なときが続けばいいのに、と。
 ずっと二人で一緒過ごし、いつでもイザークが穏やかな顔をして寝ていられる。そんな環境にずっといられたら…。
 そんなことを考えていると、モニターから呼び出し音がした。音声だけで取ると、イザークの眠たげな声がする。
「どした?」
「お前がいないからどうしたのかと思ったんだが」
 普通なら部屋から出てくるだろうに。さすがにこの寒さじゃベッドから出られなかったか、とディアッカは苦笑する。
「あぁ、ちょっとね。イザーク、寒いだろ?」
「いや、それは…」
 自分があのまま裸で寝ていることを恥じて、モニターの向こうの声は小さくなる。
「ちょっと待ってて」
 言うとディアッカは量の減ったグラスに新たに注ぎ足して、それをもってリビングを後にした。
 
 
 




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