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 店を出るとディアッカは大きく伸びをした。
「あぁ、うまかったー」
 続くイザークも満足げにうなずく。
「確かに、うまかったな」
 パーキングから車を出しながら、ディアッカは行き先の設定をどうするかと思い悩んだ。アルコールが入っているので、 オートドライブは必須だが、その行き先を決めなければならない。
 けれど、なんだか今すぐ決めてしまうのはもったいない雰囲気がある。
「なぁ、どっか行きたいとこある?」
 シートに座りながら、イザークに尋ねる。まだイザークが帰りたがっていないという前提のもとで。
「どこか夜景が見られるような場所はないか?」
 珍しくリクエストが出た、と思ったら、その内容はディアッカにさえ思いもよらないものだった。
「夜景?」
 暗い車内で横顔を伺う。ハンドルに上半身もたれながら見る横顔はちょっとだけ遠く感じる。気のせいか?
「別に、無理ならいいんだが」
 イザークからのリクエストに無理だなんて言っていたら彼氏なんて務まらない。そう自覚しているディアッカはしばらく思案してから コンピュータに行き先をセットした。
 夜景なんてずいぶんロマンチックだな、とディアッカは思った。基本的にイザークは現実主義だから、そういうものに興味はないものだと 思っていたのに。それとも少し酔ってるのか?
 ディアッカを軽い混乱に陥れている張本人は、自分の発言をまるで気にせず、オーディオを操作してクラシックの曲をセレクトした。
 静かに曲が流れている。シートを少し傾けて、イザークは目を閉じてそのメロディーに身を任せていた。
 15分ほどすると二人を乗せた車は、ゆるい坂を登り、丘の上にでていた。
 プラントの構造からして、高い場所というのはセンターシャフト近くになるが、ディアッカが選んだポイントは、  それでも静かで落ち着いた場所だった。見晴台のような場所に車を止める。
「こんな場所があるのか」
 自分からリクエストしたくせに、その要望がかなったことに驚いている。ったくどういうつもりで言ってんだか、 無茶苦茶だぜ、と思いながらもイザークが満足した様子なので、ディアッカは笑った。
「気に入った?」
「あぁ」
 言って車を降りる。
 手すりのそばに立ちながらイザークは眼下に広がる光の渦に目を奪われた。
「すごいな」
 白や赤、黄色に緑、色とりどりのライトがときに瞬き、強い光を放ちながらこうこうと燃え盛っている。
 イザークの隣に立ちながら、ディアッカはその横顔に視線をやる。
 長い睫の影にあるブルーの瞳は、街の灯りを照らして色があふれている。目の前の景色に無邪気に感動している口元は ゆるく結ばれて、その頬には銀の髪が細く揺れていた。
 そして、改めて思った。オレはこいつが好きなんだな、と。嬉しそうにしている顔がたまらなく愛しいと想ってしまうほどに。
「この光の数だけ、人々の生活があるんだな」
 ふいにイザークが口にする。ディアッカも視線を遠い景色に移しながらこたえる。
「ああ」
 沈黙が流れる。
 イザークは何かを言いたそうだが、ディアッカは促したりはしない。
 ふいに、目の前から一瞬で光が消えた。
 足元を照らす車のライトだけが二人を浮かび上がらせる。
「あ、そうか。…でも、あれ?」
 ディアッカは腕時計を確認する。その時刻は23時55分だった。
 プラントでは地球軍との戦闘開始以来、毎月末の一日、その最後の3分間はいっせいに照明を消して 戦争で命を落とした人たちの追悼をすることになっていた。
「今日は一年の最後だからな。いつもより長いはずだ」
 イザークはディアッカの疑問を解決する。
「一年の終わり、か。でもずっと戦争続けてるかぎり、そんな区切りも意味ない気もするけどな」
 暗闇の中ディアッカはつぶやく。するとイザークは話し始めた。
「昔は、医療技術も十分ではないような時代は、一つ歳をとるということはとても意味の大きいことだったんだ。
地球の各地に成人するまでの通過儀礼としてさまざまな文化が伝承されているのはそのためだ。
それを乗り越えて大人になることを認められる儀式が、だ。だから、年を越すというのは単に一年の区切りというよりは もっと意味があったはずだ」
 そこでいったんイザークの話は途切れる。
「確かに、今の科学技術の発達した時代では、一年の区切りなんてたいして意味のないことなのかもしれん。
昔の方が命の価値は今よりずっと大きかったのかも知れないな。医療技術が進歩して病気で死ぬことがなくなったというのに、 人は戦争で簡単に自らの命を落としていくんだから、皮肉なものだ」
 言ってイザークは眼下の景色に向けて敬礼をした。ディアッカもそれに倣う。




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