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ディアッカの後悔はさして長い時間つづかなかった。
コンサートが始まってしまえば、そのすばらしさに日常のごたごたを忘れ去るには十分すぎるほどの内容だったからだ。
あまり関心のないディアッカでさえ、普段街中で流れているプロモーションで耳なじんだ曲とはまったく別に聞こえるほどに、
彼女の生の歌声はすばらしかった。細い身体で信じられないくらいに、ホール全体に響く歌はそこにいるすべての人間の心にしみ込んで
癒しをもたらしていた。
彼の隣の気難しい少年もその例外ではなく、不機嫌の虫はどこへやら、すっかり表情を緩ませて聞きほれていた。
寧ろディアッカにはその少年の表情のほうが魅力的ではあったのだけれど。
大盛況のうちにコンサートは終了した。余韻に浸る客も多い中、アスランとニコルは早々に席をたつ。
こちらに会釈をよこしたニコルはどうやらアスランと一緒にラクス嬢にでも挨拶に行くらしい。一方のイザークは、ようやく夢から
覚めたような顔で思い出したようにディアッカを向いた。
「すばらしいな」
彼の感想はいたってシンプル。けれど、それが彼らしい。そんな彼を見慣れているディアッカにとっては、言葉以上にその表情が
満足さの度合いを表しているのがわかった。
「よかったな、ホント」
お世辞ではなくディアッカも感想を述べる。普段縁のないことでも、体験してみるのは面白い。
しかもそれがイザークと、となればなおさらだ。
姫のご機嫌がいいことを知り、ディアッカは次の予定を組み立てる。時間は夜の9時過ぎ。帰るには早すぎるな、と思いつつ、
久々のデートに心が浮き立つのを感じる。
「なぁ、メシどーする?」
席を立ちながら、振り返る。イザークは半分酔いからさめながら、ディアッカを見上げる。
「お前にまかせる」
予想通りのセリフにディアッカは候補のいくつかを消去してから、通路へと歩み出る。この姫はかなーり上流階級なお育ちだからして、
任せるって言ってもそこにはさまざまな制約が付きまとう。店の雰囲気が悪いだの、対応がお粗末だの、扱ってるワインが不満だの・・・。
それは時にかなりきまぐれで気分によって許容レベルが格段に違ってくる。不機嫌全開なときには、下手に誘えば火に油で、
さんざん痛い目もみていきたけれど、今日はそうとう機嫌がいいらしい。
「じゃぁ、オレの好きな店とかどう?」
車が出てくるのを待ちながら、ディアッカは提案する。言われたイザークは特にとがめる様子もなく答える。
「それでかまわん」
寄せられた車に乗り込みながら、ディアッカはナビにポイントをセットする。そして、車は緩やかに走り出した。
今日はあえてBGMは流さない。イザークがコンサートの余韻に浸っているのを邪魔することは一番してはいけないことだったから。
ディアッカがイザークをつれてきた店は小洒落たオリエンタル料理の店だった。
オリエンタルといっても概念は広く、ようするに正当な料理ではない、なんでもありな店だ。だが、それなりにレベルは高く、
客層もおよそまともだった。どちらかというとカップル向けの志向が強いらしく、店内の席の大半は二人用になっていて、
それぞれが見通せないように、パーテーションや通路やインテリアでうまく隠されていた。ライティングもほの暗く、
BGMもしっとりとしている。
「どぉ?」
案内された席にイザークを先に座らせながら、ディアッカはお伺いをたてる。
当然のように姫よろしくディアッカにイスを引かせながら、イザークは軽くあたりを見回している。
「お前はこういう店によく来るのか?」
「よくっていうか、まぁ、たまにね」
席に着いたイザークは間接照明が白い頬を照らし、銀の髪が透けて見える。傍からみたら、完全に男女のカップルにしか
見えないだろう。
「悪くはなさそうだ」
イザークにしては上等な褒め言葉が出てきてディアッカはほっとした。ここまできて機嫌を損ねては意味がない。
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