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   その日、ディアッカとイザークは特に待ち合わせはしなかった。
 当然のようにディアッカは開場時間の少し前にジュール邸に車を寄せた。それを待っていたイザークも文句を言うわけでもなく、 乗り込んだ。
 イザークは紺のシャンタン素材のジャケットに淡いブルーのスタンドカラーのシャツ、ジャケットと同じ素材のズボンを合わせて、 いかにもな育ちのよさをかもし出している。一方のディアッカは白いジャケットにシャツ、それにジーンズをはいている。
「久しぶりだな、お前と出かけるの」
 カーナビの自動誘導にあわせて一応のハンドル操作をしながら、ディアッカはイザークに言った。アカデミーに入学する前は、  よくいろいろと出かけていたのだが、さすがにそれは許されない状況だった。
「そうだな」
 コンサート会場は戦争中だとは思えないほど、華やかな雰囲気に包まれていた。車を預けたディアッカはイザークを伴い、会場に入る。
 年末というのに人は多く、さすがにプラントナンバーワン歌姫のコンサートだとディアッカは感じた。と同時にニコルの笑顔が浮かぶ。
 これはたしかに高い借りになりそうだな、と。
「まだ時間はあるけど、何か飲むか?」
「そうだな、シャンパンでもあれば」
 珍しくイザークがアルコールを所望した。プラントのアルコール解禁年齢は14だったが、あまり表立ったところで イザークがそれを口にすることはなかった。だから、ディアッカは機嫌がいいことを悟る。
「オッケー。じゃぁ持ってくるよ」
 ドリンクサービスのカウンターに駆け寄りながら、ディアッカは遠目にイザークの所在を確認する。その姿は、人ごみの中でも 際立って目立つ、歩く目印のようだった。
 遠巻きにしている女性客のなかにはイザークの姿を目に留めて立ち止まっている者も少なからずいる。
 改めてディアッカはイザークの美しさを見直した。いつも近くにいて、それなりにきれいだとは思っていたが、やはり彼の美しさは コーディネーターの中でも特別なのだと。
「お待たせ」
 グラスを二つ手にしたディアッカがイザークの元に戻ると、すでにイザークの手にはグラスがひとつ握られていた。
 その表情には不機嫌、と書いてある。
「なに、どーしたんだよ、これ」
「知らん」
 それをディアッカに押し付けてイザークは横を向く。
「いきなりきた女が押付けて行った」
「はぁ?」
 おそらくその女性は、イザークを誘う文句でも言っていたのだろうが、彼の耳にはそんな言葉を受け付ける余裕などないから、 気づいたらグラスを押付けられていたということになっているのだろう、とディアッカは考える。ま、相手が男じゃなくてよかったぜ。
もしそうだたっら、今ごろ怪我人騒ぎだろーからな。小さく苦笑すると、自分が持ってきたグラスを渡す。
「ほら」
 イザークに押付けられたグラスを軽く一口で飲み干して、カウンターに置くとディアッカはイザークの隣に並んだ。
 イザークの美しさを認めたディアッカでだが、彼もまたそうとうな好男子だ。すらりとした長身と輝く金髪、褐色の肌に紫の瞳は 人目を惹くには十分だった。彼はイザークとは違って、それなりにその自覚があるのがまだ救いだった。
 その二人が並んでいるのだから、人の多いロビーでもかなり目立つ存在になっている。するとそれを見つけた人物が遠くから駆け寄ってきた。
「ディアッカ! イザーク!」
 それはディアッカに貸しを作った張本人、ニコルだった。茶色の別珍素材のスーツにやわらかな襟のデザインシャツを合わせていて、 それが普段以上にニコルを優しげな少年に見せていた。
「よぉ」
 挨拶するディアッカにニコルはそっと耳打ちした。
「作戦成功ですねっ」
「・・・まーな」
 それって、お前の作戦がだろう、と思いつつも口には出さない。この少年の実力をそこはかとなく気づいているディアッカは それほどバカではなかった。
 イザークは思いもかけない人物に驚くが、その事情をすぐに理解した。
「ニコルだったのか、チケットの持ち主は」
「ええ」
 鶯色の髪の少年は普段と同じ様子で答える。
「だが、行けなくなったと聞いたぞ、持ち主は」
 話の流れがまず方向に行きかけたことにディアッカは慌てる。が、目の前の少年は屈託なく、それともわざとか、 思い切りイザークに爆弾を投げつけた。
「僕はアスランにチケットをもらったんで、ディアッカに譲ったんです。聞いてません?あ、で、アスランはいま楽屋に行ってるんで、 開演まで一緒にいいですか?」
 後半はディアッカに聞いている。
「え、あ、まぁ」
 アスラン、の名前を聞いたとたんにイザークの機嫌が急降下するのがわかった。けれど、ニコルは気づかないのか無邪気にプログラムを 取りに行くと去っていった。
「あいつが来てるのか」
「あ、まぁ。そりゃ婚約者だし。でも、席は別だし、いいんじゃない?」
「ふん」
 それきりイザークは開演まで口を利くことはなかった。
 こうなることがわかっていたら、ディアッカはあえて詳しい事情は話さなかったのに、すっかり台無しになってしまった。
 ニコルの奴〜っ、とは思っても文句を言うことはできない。まぁ、来ちゃってまで帰るとは言い出さないだろうけど、このあとの不機嫌、 どーしたらいいんだ、オレは・・・。
 ディアッカは今夜のコンサートに来たことを少しだけ後悔した。





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