ディアッカがシャワーから上がると、ちらりと部屋の方へ視線を向ける。
「あぁ!イザーク!」
その口調は怒っているというよりは、いつものことにあきれていてしょーがないなという色合いが濃く、聞こえはしなかったがまったくもうという言葉がそれに続いているのは明らかな、いずれにせよ関係ない人間にはどうでもいいと思える程度の言い方だった。
短いクセ毛に付いた水滴をバスタオルでガシャガシャと乱暴に吸い取って、ランドリーボックスにタオルを放り込みながら、狭い共同部屋のベッドへ向かって忙しく足を動かす。
イザークはといえばディアッカの声なんてまるで聞こえているはずもなく、壁面につけられたベッドの上、壁に寄りかかるようにして座り込み、昨日届いたばかりの本に夢中になっている。先にシャワーを浴びたというのにその髪はまだ濡れたままで、肩にかけたままのタオルは水気を受け止めているものの、そのタオル自身の水分をパジャマの襟へと染み伝えていて、その役割をすでに放棄していた。
「イザーク!!」
ベッドに上がりながらさっきよりは幾分強い口調でディアッカは言うが、言われた方は邪魔臭そうに視線を上げただけで手を止めようという気などさらさらない。
「なんだ」
ようやくそれだけ言って、だがすぐに視線をページに戻そうとするのをディアッカは力づくで阻止するために本に手を掛ける。
「っやめろ、お前!」
その本をどれだけイザークが楽しみにしていたのかというのはディアッカも知っていたが、そうでもしないと読書中の本の虫の意識をこちらに向けるなんてことは不可能になってしまうから、機嫌を損ねるのを承知の上でそうしたのだ。
「ちゃんと乾かさないとダメっていつも言ってるじゃん」
彼の特徴でもあるサラサラの髪は、長さがある分水気を多く含むのだが、本人は面倒くさがっていちいち乾かしたりなどしないのでシャワーの後は濡れたままということが多いくせにイザークは体が冷えることが苦手で寒がってばかりだから、必然的にディアッカが口うるさく言うようになっているのだ。
「俺は別に構わない」
構わないと言うのなら、あとで冷えただの寒いだのいうことのはなしにして欲しいものだとディアッカは思うが、そんなことをいちいち指摘していたらイザークという人間のわがままに振り回されてばかりになってしまうから、そのあたりはもうどうでもいい、と長年の付き合いで身につけた距離感でするりとかわしてしまう。
「お前が構わなくたって、オレが構うんだよ」
言いながら肩に手を伸ばして紺色のタオルを取り上げると、案の定パジャマの襟の辺り一面がしっとりと濡れて色を変えているのが見えた。
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