されている側のイザークは慣れたもので、自分の髪を掬い上げては乾かしていくルームメイトに文句を言うわけわけでもなく、時々頬を掠める銀の糸に邪魔臭そうに目を閉じて、それでも黙ったままだった。小さい頃は母親が乾かしてくれていたがそれもしなくなったころは櫛すらいらないストレートヘアなのをいいことに一時期、自然乾燥で済ませていたのだが、ディアッカと同室になってからは本人の都合に関係なく乾かされている、というわけだった。
ディアッカは一通り髪の毛を乾かし終わって、まだ濡れているパジャマを温風で乾かそうとすると、上から吹き付けると肌のカーブに沿って布は張り付くようになるが、表面を撫でるだけで乾かすのには充分な風が通らずに終わってしまう。しかたなく、襟足から手を差し入れて布地を浮かせると風を向けて、布地がはためき見る見る乾いた色に変わっていくのがわかった。調子に乗って右肩から襟の開きに沿ってぐるりと回しながら次々と乾かしていくと、ディアッカの動きの意図を理解したのかイザークは頭を前に倒して髪を前に下ろし肩をむき出しにした。だが、それと同時に銀の糸が首をまたぐように二つに割れてまっさらな項が晒されて、ディアッカの視線は一瞬奪われる。そこに口付けたい衝動をなんとか抑えて全体に風を通すと、サラサラに流れる銀糸を一房手にとって乾き具合を確かめて、満足するとそのまま掻きあげた髪に口付ける。
「チュッ」と音を立てたキスにイザークははっとして顔を上げると、真っ白な耳がその存在を主張するようにシルクの輝きの中に見え隠れして、もはや悪戯心を抑えられないディアッカはそこへ唇をそっと寄せて甘く噛んでみせた。
「っ、こらっ」
イザークの抗議にディアッカは笑うと仕事が終わったドライヤーごと引き上げてベッドを離れ、それでもその耳が真っ赤に染まるのを見逃しもせずに口元が緩むのを隠すわけでもなかった。
「続きはあとでね。本、読んでいいよ」
ディアッカにそう促されたイザークは慌てるように本を抱きかかえて、それから口付けの熱が残る耳をわさっと自分の髪の毛で隠すとベッドに膝を立てて座って本のページを開いた。けれども、ドライヤーの残した熱なのか、悪戯のキスのせいなのか何だか体に熱が残っているような気がしてなかなか集中できずに、ちらりとディアッカを確かめて、こちらを見ないでどうやら自分のデスクでPCを開いて映画を見ているらしいとわかるとほっと小さく息をついた。深呼吸をして何とか落ち着きを取り戻すと、栞紐を手繰って集中しようとするがいくら読んでも、何度も行を繰り返して追っても内容が頭に入ってこなくてイライラするがどうしようもない。ただ、さっきディアッカの言った言葉が思い出されるばかりだった。
昨日の約束・・・。
ディアッカに求められたときに、あまりに体力的な授業が多く続いたせいでさすがに疲れていたから今日はだめだといったのだけれど、それをディアッカは無理やりに明日ならいいということにしてしまったのだが、そんなこと今さっきまですっかり忘れていたのだ、本当は。何しろ届いた本は数ヶ月も前に予約をして本来の発売日が2度も延期になった結果ようやく手にしたものだったから、今日の夕方に届けられた時点で本当に嬉しくて舞い上がってしまって、約束といえば忘れたことなどないイザークでさえすっかり頭の中から消え去っていたわけだが、ディアッカに言われて思い出してしまった。そして一度思い出してしまったら、おまけに耳朶を甘い舌先で掠め取られてしまったために今度は本に戻ることができなくなって頭の中がなんだかバラバラだった。
ああ、もうっ。
イザークはイライラして本を置くと頭から毛布を被った。本を読むことができないのなら、ディアッカの言う約束を果たしたっていいのだが、それを自分から意思表示するなんて、さっきまでの本を読みたがっていた自分の態度がじゃまをして今さらそんなことを言い出せるわけはなかったのだ。
早く、気づけ、ディアッカ!
心の中でそう言っておきながらけれどもイザークは毛布の中で丸くなっていることしかできなかった。
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