想い灯
 雨が降るなんて聞いていなかった。
 
 だからイザークの機嫌はとても悪くて、さすがのディアッカでさえ手を焼いていた。

 ぽつぽつと音を立てて雨のしずくが庇の先から庭の置石の上に落ちていくのを苛立たしげに甚平姿のイザークが胡坐をかいた姿勢で睨みつけている。
 座卓の上には空になったカキ氷の皿がすっかり温くなってそれを囲むように水たまりよろしく天板に結露がたまっていた。

「なぁ」

 さっきからいくら声をかけたところでイザークは振り返らない。どんなに楽しみにしていたのかを知っているからディアッカの声も力なくフェイドアウトしていく、それの繰り返しだった。

 迂闊だといえばそれまでだ。
 
 エルスマン家の別荘があるこのプラントは東アジアの気候を擬している。そのために特有の気象プログラムが組まれていてそれが管理されたウェザースケジュールに慣れているコーディネーターにとっては地球への郷愁を誘い、その一方で外から来る者にとっては不評でもあった。
 落雷や雹、甚大な被害を与えない程度の突風に大雨。地球のその地域に住んでいる人間にしてみれば当たり前のことが不意に訪れてくれる。だからここに住む者はプラント市民にしては珍しく折り畳み傘なんてものを持っていたりする。実際にはあまり役に立つことはないのだが、それでも自分はいつも備えているのだという気分とこのプラントならではの習慣を楽しむことさえしているらしい。

 そしてイザークの不機嫌はそのランダムな気象に起因する。


 幼年学校が夏休みに入った最初の週末。
 プラントでは誰もが進学するので受験戦争などない最後の夏休みも例年と変わらずにイザークの予定は組まれていた。それは即ちディアッカの別荘を訪れるというものだ。
 ジュール家は欧州にルーツのある家柄でプラントでもその生活様式は地球のそれに則っている。ヴァカンスは長く別荘に滞在して家に戻るのは学校が始まる直前になる。母親はそれに合わせて休暇を取っていて、イザークがディアッカの別荘に遊びに行くのはそれに重ならないタイミングというのはここ何年も――イザークとディアッカが知り合ってからずっと――続いている慣わしだった。そして今年はディアッカの祖父母と予定をあわせるためにいつもよりも一週間早くエルスマン家の別荘行きが決まっていた。
 エルスマンの別荘にいるときは普段ならおとなしくしているイザークも歳相応になる。泥まみれになって野山をかけて遊び、マナーを気にせずスイカや氷を思い切り頬張り、枕を投げあいながら蚊帳の中で眠りにつく。母親の厳しい躾を苦痛だと思うわけではないが、それでもやはり何も気にしないで遊べることは大人には教えない秘密を持つ冒険に似た気分を味わえてとても楽しい時間だった。




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