そして二人は次々と競争して庭先で花火を振り回した。
赤に黄色、青に緑。白い火花に橙の炎。シュルシュルと燃えたり、サァァァと細く噴出したり、パチパチと散ったり。
雨が降っていることも忘れて夢中になった。ディアッカは燃えている花火を庭の土に差して並べて「花火の花壇」を作ったり、イザークは両手に2本ずつ持ってディアッカを追いかけたりした。
用意されていた花火は二人でするには十分だったけれど、一時間もするとそこをつき、気がつけば残りは底にまとめられていた小さな束の花火だけになっていた。
「あー、これだけか」
覗き込んだディアッカが言う。
「これも花火なのか」
細い紐のようなものが数十本。棒もなければ派手な巻紙もついていなかった。
「うん。花火の締めはこれなんだ」
ばらした束を縁側に並べるとディアッカは一本を手にして蝋燭の前にしゃがみこんだ。
「線香花火っていってさ、すっげー地味なんだけど結構難しいんだぜ」
真似をしてイザークも向かい合うようにしゃがみこむ。
「これはひらひらしたのをもつんだ。この先に火薬が入ってて・・・」
火に近づけるとシュッと音がして次にポツポツと火花が飛んだ。同じようにイザークが火をつけるとポツポツと燃え出した花火は大きな塊を作ってだんだんと派手に燃え始める。
「あっ」
ディアッカを向こうとした瞬間、ぽとり、と芯が地面に落ちて花火は終わってしまった。
「それが難しいんだよ。線香花火はさ、揺れるのを最後まで落とさないようにする花火なんだ」
言いながらディアッカは顔をあげるとやはり花火が落ちてしまう。
「げっ」
けれども自分よりずっと長く燃えていたディアッカにイザークは悔しくてすぐさま二本目を手に取った。
「ヒラヒラの先を持つほどレベル高いんだぜ」
2本目もうまくいかなかったイザークは3本目でやっと最後まで成功した。ディアッカは「合体」と言いながら二本をくっつけて大きな塊にチャレンジしている。
パチパチと小さな音を立てて静かに燃える花火は興奮した気持ちをゆっくりと落ち着けてくれるのが不思議だった。同じ花火なのにこんなに違うんだとイザークは思いながら、じぃっと手元の小さな火花を眺めていた。
ディアッカはそんなイザークの姿を花火を片手に見つめていた。
さっきまで泣いていたとは思えないくらい楽しそうに花火を振り回していたし、今は真剣に線香花火を睨みつけている。派手な手持ち花火もいいけれどこれも悪くないなと思う。小さな灯りにイザークの色白の肌がほわっと柔らかく浮かび上がっていた。
「来年は吹き上げ花火とかロケット花火とかもっと派手なのやろうぜ」
ディアッカの言葉にイザークが頷くと終わりかけていたイザークの花火がぽつっと落ちてしまい、とたんにその眉根が寄せられる。
「あぁ、最後の一個だ」
箱の隅まで攫ってみてももうどこにも残っていない。
「一緒にやろう」
イザークは手にした最後の花火を差し出して笑う。
「うん」
二人はそっと紙縒りをつまみ、ゆっくりと残り少ない蝋燭の火に線香花火を近づけた。 ジュッ、と音がしてパパパッと火花が散る。どちらともなく額をくっつけるようにして近づくと息を押し殺してじっと小さな赤い火を見つめた。
ポッポッ、パチパチ。
まるで最後を惜しむかのよううに小さな花火は燃え続ける。気がつけばイザークとディアッカは空いている互いの手をぎゅっと握り締めていた。
ジジジジ・・・・小さくなっていく炎に二人の目は釘付けになり、やがて萎んでいった炎が完全に消えると、イザークは「ほぅ」と呼吸を思い出したようにため息をついた。
「終わっちゃった」
名残惜しそうにディアッカが言うとイザークは最後まで手にしていた紙縒りをバケツに入れて立ち上がった。
「花火は終わったけど、俺はちゃんと覚えてるぞ。今日の花火はずっと忘れない」
にっこりと笑うイザークの背後でいつのまにか雨が上がっている。
「イザーク」
「ディアッカと遊んだことは全部ちゃんと覚えてる。大人になっても絶対忘れない。他の友達よりもお前は一番大事な友達だからな・・・ありがとうディアッカ」
サラサラと揺れる髪をかきあげながら差し出された手のひらをディアッカはぼんやりと握り締めた。
そこへ祖母が現われて二人に寝るようにと声をかける。
「明日は蛍だ」
下駄を脱いで縁側に上がるとご機嫌のイザークはさっさと寝室へ向かってしまう。
「早く寝るぞ、ディアッカ」
笑いながら振り返ったイザークの笑顔にディアッカの頭の中にパチパチと派手な火花が舞い上がる。
イザークが喜んでくれてよかった。そう思うのとは別に、なんだか胸の奥のほうがドキドキとして花火を空に向けて火の粉をくぐったときよりもワクワクとした。
『花火は終わったけど、俺はちゃんと覚えてるぞ』
イザークの言葉がリフレインする。
「うん、オレも忘れない」
イザークとすごす夏は来年もその次もまだまだ続くだろうけど、なんだか今日の出来事は特別な気がしていた。理由はわからないけれど、最後に一緒にやった線香花火とイザークの笑顔はきっと一番の思い出になりそうで、気がつけば鼻歌を歌いながらイザークの後を追って畳の上を駆け出していた。
何年も先の未来に届くように。
想いをのせて。
心の中の小さな花火はやがてずっと大きな炎になっていくのを、二人はまだ知らなかった。
-5-
2007.7.28
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