あの日。
暗闇は怖いのだ、と彼は言った。
士官学校の寮で初めて同室になった日の夜。
ベッドに入ってもいっこうに明かりを消さないでいる友人にライトを消すように促すと帰ってきた答えがこれだった。
MSを駆り、エースとして敵を討つ者の言葉とは思えなかったが、そう彼は言ったのだ。
戦闘中は敵だけを追っていればいいから、宇宙の暗闇なんて気にならない。けれど、いったん母艦に引き上げて、そのデッキなどから外を眺めることになると、とたんに怖くなるのだという。
自分が何処にいるのかわからなくなりそうだから、と。
◆◆
それは不意打ちのような出来事だった。
実戦演習として、士官学校の生徒たちはグループごとに別れてそれぞれ指定された部隊についていた。
たいていは戦闘の危険が少ない宙域の部隊に所属して、先輩士官を相手に無重力戦闘についての経験を積んで課題をこなすという形で規定の日数を終えるのが普通だった。
しかしイザークとディアッカのグループが派遣された部隊は、戦況の悪化から、
士官学校への入学希望者が急増したこともあり、受け入れ先がいっぱいだということもあって、かなり前線に近い部隊になった。
それでも、ここ数週間は状況が落ち着いているから、と5人の士官学生は練習用ジンに乗り、宙域での戦闘演習をこなしていた。
イザークは隙のない動きで先輩士官の打ち込んでくるソードを受け流す。返す動きでその武器をなぎ払う。
「さすがだな、イザーク・ジュール。だが君はときどき前に出すぎている。敵の武装によってはそれが仇となるぞ」
「はっ!」
忠告には答えるがイザークは次の動きで攻撃を繰り出す。
一方、ディアッカは滑らかなMS操作で、演習相手の放つ砲撃をくるくるとかわしている。
次の瞬間、絶妙の間合いで上段から切りかかる。すんでのところで盾で受け止められたが、かまわずに打ちつける。その勢いにバランスを崩した相手の
機体の脚をなぎ払い背後を奪った。
「よし、ディアッカ・エルスマン。交替だ」
それを合図に控えていた同期生と入れ替わる。
同じような演習だが、明らかにエリート候補の二人とほかの生徒の動きには違いがある。
それを確認するとディアッカは改めてイザークの演習に目を向けた。
負けず嫌いの彼は気が済むまで交替をしようとしない。その性格を理解している先輩士官はとことん付き合っているようだった。
そのときだった。
モニターに「ATTENNTION」の文字が表示されると同時に、コクピットにアラームが鳴り響いた。
続いて母艦からの通信が入る。
「16時の方向に熱源4! 敵モビルスーツ!」
「なにっ」
先輩士官の緊張した声が響く。
「演習を中断。MSパイロットはそのまま戦闘態勢へ。士官生は現場で待機!」
演習用の装備では本来の戦闘には十分ではなかったが、艦に戻っている余裕はない。しかたなくそのままの状態でMSは迎撃に向かった。
「俺たちはっ」
勇んで飛び出そうとするイザークをディアッカは機体の腕を掴んで止める。
「この機体じゃ無理だ、落ち着けイザーク」
「ちっ」
舌打ちをして何とか落ち着いた様子のイザークにディアッカは胸をなでおろす。この状況で飛び出していったら、いいとこ機体の一部を失いながらの相打ちか悪ければあの世行きだろう。さすがのイザークもそのあたりは理解できたらしい。
しかしモニターでトレースしている状況を見る限り、軽装備の機体では敵のMSに対しては苦戦しているようだった。
ぎりぎりで攻撃をかわしながらも、致命傷を与えるまでにはいかずに、次々と続く攻撃はきりがない。
「オレがあの機体に乗ってれば、あんなやつら!」
悔しそうにイザークがいう。確かに装備さえ十分であれば、コーディネーターのトップクラスのパイロット候補生がナチュラルのMSなど蹴散らすのは簡単だろう。この戦争が長引いているのが不思議な理由でもあったが、 それほど技術でも能力でもコーディネーターが圧倒的なのは事実だった。
「敵、さらにMS2機接近!」
レーダーに映る機影はMS同士の戦闘域を避け、直接母艦に迫ってくる。
「なんだとっ」
イザークの声にディアッカが続く。
「オレらの存在気づいてないっての? やってやろうじゃん」
「候補生は、後続MSが発進するまで母艦の援護を」
通信が切れるより前に、イザークは機体を発進させる。戦闘領域を確保するために母艦を離れた。ディアッカもそれに続く。
「なめたまね、しやがって」
イザークの駆る士官生用ジンが敵のMSの軌道をふさぐ。ライフルを撃ちながら敵に突進する。
「ディアッカは右につけっ」
「言われなくっても…」
二人で一騎を取り囲む。残りの一騎は同期生3人が相手をしていたが、そのうち一騎は撃ち落とされたというシグナルが モニターに表示された。
「ケイラーっ!!」
仲間の声が響く。
「くっそうっ」
イザークは間髪おかずに切りかかる。ディアッカはイザークの機体に傷をつけないようにライフルを構えたが、闇雲に突進しているイザークはこちらの動きに配慮する気配がない。下手に撃てば的はイザークになってしまう。
「イザークっ、いったん下がれ、オレが」
言った瞬間だった。敵の投げつけた盾がイザークのジンの右足に当たり、膝から下が大破した。バランスを崩した機体は大きく前傾になる。そこを見逃さずに敵のサーベルがジンのわき腹を切りつけてかすめた。爆発が起こる。
「イザークっ!!」
それに返事はない。
敵が離れた瞬間にライフルの照準を合わせるとディアッカは立て続けに砲撃を食らわした。
ひるんだ敵に、母艦から駆けつけたMSが襲い掛かる。
それを確認するとディアッカのジンはイザークの機体に駆けつける。
爆発自体は大きくはなかったが、場所が悪かったらしく、電気系統がやられているようだった。
コンタクトを試みるが反応がない。その場を先輩士官に預けるとディアッカはイザークのジンを抱えて母艦へと引き上げた。
その間も話しかけるが反応はなかった。
母艦のデッキに戻ると、ディアッカはすぐにコクピットを降り、イザークの機体に駆け寄った。電気系統の破損のせいでハッチが内側からは開かないらしい。メカニックが道具を片手に外部からの開閉操作を試みている。
何度目かの操作を終えると、コクピットのハッチが開錠された。
「イザーク!!」
開かれる入り口にディアッカが飛びこむ。真っ暗な座席に座り込んだイザークは黙ったまま、自分の両肩を抱きしめていた。
「ディアッカ…」
差し込んだ光の中に、友人の顔を認めるとイザークは意識を失った。
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