罰ゲーム



 ちくしょー、とディアッカは心の中で悪態をつく。
 目の前のイザークはいつも以上に余裕たっぷりで好きな読書に没頭している。
 はああ、と大きなため息をつくとふてくされたように頬杖をついた。

 きっかけはささいな思いつきだった。
「ねぇ、ゲームしない?」
 言い出したディアッカにイザークはつまらなそうに顔を向ける。
「なんだ、また突然に」
「テレビつけて最初にでてきた人間が男か女か当てるゲーム」
 思った以上にくだらない内容にイザークはくるりと背中を向ける。
「え、やらないの?」
「あまりにくだらなすぎて話にならん」
 そっけない言い方にディアッカは楽しそうに続ける。
「負けたほうが明日一日なんでも一つ言う事を聞くことっていうのは?」
「・・・そこまでして暇つぶししたいのか?」
 軽くため息をイザークが言ったのは「女」という一言で。じゃぁオレは男、といったディアッカがスイッチを入れたとたんに現れたのは、一人の女性タレント。
「・・・俺の勝ちだな」
 にやり、と笑うイザークが言ったのは「一日俺に触るな」という罰ゲームだった。

 触れないということはキスも出来ないということを意味している。それに気がついたディアッカはとんでもない罰ゲームを食らってしまったと落ち込んだ。
 いつもと同じに起きていつもとおなじ距離にイザークがいるというのに、それに触れることもできないというのだから、ディアッカにとっては兵糧攻めのようなものだった。
 なんとか日中は授業や他人の目線の手前、普通どおりに過ごしたものの、夜になって二人きりになってしまうとそれがますます辛くなる。
 イザークが触れられることがないと思っているからなのか、自分が触れられないと思っているからなのか、無防備にさらされるイザークの肢体は残酷なほどに色っぽく思えてしまう。
 シャワーを浴びたあと、いつもはディアッカが乾かして梳いてやる髪の毛も濡れ残ったたそのままに襟足に張り付いていたり、暑いと言ってノースリーブにまで捲り上げたシャツの袖から覗く腕の白さがやけに目に付いたり。なんでもない振りをしながらイザークはこの状況を楽しんでいるのだろうか、とディアッカは訝しみさえした。
「ねぇ、イザーク」
「なんだ」
 向かいのベッドから近づかないように距離を保ったまま話しかけてきたルームメイトにイザークはそっけなく応える。
「もう終わりにしようぜ、ゲーム」
「自分で言い出したんだろ、まだ今日は終わってないぞ」
 どこまでも余裕あるイザークの様子にディアッカはなんだかつまらなさ以上に腹が立ってくる。そしてふと思いついてイザークのすぐ隣に座った。
「おい、近いぞ」
 本を読みながらイザークは言う。
「触ってないからいいでしょ」
 ぎりぎりで身体が触れない距離に座って、イザークの顔を覗き込む。それでも無視して本を読み続けるイザークにディアッカはその顔を近づけると、ちらりと覗いている耳にふぅっと息を吹きかけた。
「うわっ、なっ、何するっ、お前!!」
 イザークの耳はいつもその髪の毛で隠されているせいか、異常に感じやすい。油断してるとなればなおさらだ。生暖かい息がそこへ向けて吹きかけられた瞬間、縮み上がるようにして本を落とし、慌てて耳を手で覆いながらイザークはディアッカをにらみつけた。
「へへんっ。触ってないもんね」
 仕返しとばかりに言うディアッカにイザークは本を持つとベッドから立ち上がる。
「それ以上近寄るな!」
 言い放つイザークにディアッカはにやりと笑った。
「触るなとは言われたけど近寄るなとは言われてないぜ」
 そして追う様に立ち上がるとイザークに歩み寄る。
「く、来るなっ」
 けれどディアッカは聞く気などもとからない。追い詰められるようにして動揺したイザークは壁際にまでじりじりと下がっていた。
「もう、後がないよ、イザーク?」
 ぴったりと背中を壁につけたイザークを挟むように両手を壁に突いたディアッカは耳元でささやく。そのついでというように襟足に口付けるかのようにすれすれまで鼻先を寄せるとふううっと息を吹きかけた。
「・・・っ!」
 ぎゅっと目を瞑ってイザークはそれに耐えている。その姿がかわいいと思ってしまう自分はやっぱりイザークにとらわれてしまっているんだろうかとディアッカは思った。
 その瞬間だった。




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