言ってオレは足場を確認しながらさらに降りる。以前何度か来たときは自分ひとりだったから、そんなに時間はかからなかったけど、時々イザークを確認しながら降りたので、結構時間がかかってしまった。でも、20メートル近くある崖は降りてしまえばなんてことはなくて、先に下りたオレは地面に立ってイザークを確認した。
「もう少しだから、気をつけろよ」
オレが声をかけるとイザークは不安定な足場に構わずに振り返る。
「そんなことわかってる・・・うわっ」
言葉の最後は叫びに変わった。振り返ったせいでバランスを崩したのだ。
「イザークっ!」
視線の先で背中をそらせるようにして、両手がその壁から離れていく。それと同時にオレはイザークの真下に駆け寄った。
次の瞬間、どさっという音とともにイザークの体がオレの両腕の中に落下した。
「・・・ナイスキャッチ」
自画自賛しておきながらイザークを確認する。
「大丈夫? 怪我とかしてない?」
すると腕から降りながら、一通り確認してイザークは答えた。
「大丈夫だ」
「そっか、よかった」
イザークが怪我でもしたら、オレは生きた心地がしなかっただろうから、心底ほっとした。冷や汗を流したような気がして、額を手の甲で拭う。
「お前!」
そんなオレにイザークが声を荒げた。
「え?」
「それ、今ので怪我したのか?」
指をさされた腕の外側をみると、確かに派手な裂傷ができていた。
「ああ、ホントだ。でもたいしたことないよ」
オレはイザークのことばかりが気になっていたから、自分が怪我したなんて気がつかなかった。そういえば、壁のギリギリで受け止めたから、腕がぶつかっていたのかもしれない。
「のんきなこと言ってないで見せろ」
無理やりに腕を捻じ曲げるイザークにオレは違う悲鳴を上げながら言う。
「うわ、捻んないでよ、痛いって」
そんな言葉はまるで耳に入っていないイザークは納得するまで傷口を確認すると言った。
「深くはないようだが、とりあえず、これで我慢しろ」
そうして自分のズボンのポケットからきれいに折りたたまれた真っ白いハンカチを取り出すと広げて折りなおし、オレの腕にぐるぐると巻きつけはじめる。
「そんな、汚れるからいいって!」
慌てるオレをイザークは一喝する。
「よくない! 俺のせいで怪我させたんだ、これくらいさせろ!」
「わ、わかった」
器用とはいえないイザークの手つきはぎこちないけど、一生懸命だというのはよくわかった。傷の上で思い切り結ばれてしまって正直、痛かったりしたけど、そんなことより、イザークがそうしてくれたことが嬉しくてオレは黙って見ていた。
「・・・これでいい」
言うとイザークはちらっとオレの顔を見るとすぐに横を向いてぼそっと言った。
「・・・助かった・・・ありがとう」
一瞬何を言われたのかわからずに、ぽかんとして、次の瞬間に理解したオレは笑顔で答えた。
「どーいたしまして」
あのイザークが礼を言うなんて、信じられなかった。イザークくらい何でもできる優秀な人間は、誰かに助けてもらうとかって状況に慣れてないんだろうな。その言い方が照れてるってわかりやすいくらいだったから、オレはすごくご機嫌になってしまった。
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