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二つとなりのプラントに来て、シャトル便のエレカを降りるとイザークは言った。
「ずいぶん郊外だな」
その言葉には、微妙な不安が表れている。オレのことをいまいち信用できないようだった。それもまぁ仕方が無い。イザークからしてみれば、きっとオレは結構いい加減な奴くらいに思われてるんだろうから。
「まぁね。でも、絶対に後悔させないから」
自信満々に言うオレにイザークはふっと笑う。
「おまえはそんなに簡単に『絶対』なんて使うのか? もし俺が満足しなかったらどうするんだ?」
それは確かにオレにとって少し不安なことではあった、誘ってみるまでは。こんなことに興味なんてないだろうかと。でもイザークが誘いに乗った時点でその心配はほとんどなくなった。いい景色ということに興味があるのなら気に入らないわけはない、そういう場所だったから。オレは笑って言い切った。
「満足しなかったら、イザークの言うことなんでも聞くよ。それくらい自信あるから」
20分くらい歩く間、オレはイザークにクラスメイトの話題だとか、近所のネコの話だとか、家族の話だとか、色々話してはみたけれど、イザークはそのどれにもあまり興味を示さないで会話はすぐに途切れてしまう。さすがのオレも話題が尽きてしまって、途中から二人はただずっと歩いていた。
何も喋らないで歩くイザークの横顔をちらりと盗み見る。白い頬は歩き続けたせいか少しだけ上気してるみたいで、いつもとは違って見える。歩くたびに揺れる銀の髪は、校舎の照明の下でみるのとは全然違ってキラキラと透けるように輝いて見えた。近寄りがたさからアイスブルーと揶揄される瞳は、歩く先の道をただじっと睨むように見据えていてイザークらしい。その姿をすごくキレイだ、と思ってしまう。こんなイザークと二人きりで歩けるなんて、と思うとオレは嬉しくなって足取りが弾むようになってしまっていた。
「イザーク、早く来いよ」
先を歩きながらついて来るイザークに呼びかける。
「子供みたいだな、おまえは」
言葉はぞんざいだけれど、それが怒っているのではないというのがわかるくらいに、オレはイザークのことを理解していた。
しばらくして目の前に坂が現れるとオレは言った。
「もうすぐだぜ、この上から見えるんだ」
そして急な坂を一気に駆け上がって、後から来るイザークを振り返った。
「ホラ、見てみろよ!」
言われてイザークは坂の最後を上ってその頂上に立った。
見下ろす眼下に広がるのは、満開の桜の森。
まるでピンクの海原のような景色にイザークはぼそりと言った。
「これは・・・すごいな」
率直な言葉。それが何より嬉しかった。
もともとイザークは自分の感情に素直なんだ、とは気づいていた。人を寄せ付けない雰囲気と言動で何を考えているのかわからないなんて思われてはいたけれど、それは彼が自分の気持ちに正直で、そして意外に傷つきやすい性格のためであるということをオレは知っていた。それに普段はそれを抑えているんだということも。
だからイザークが素直にそれを表に出してくれたことがとてもうれしくて、隣に立ってイザークの顔を眺める。
その顔は本当に感動しているようで言葉もなくその景色に見入っていた。
「な、すごいだろ?」
得意になって言うと、イザークはオレの顔を見ないで言う。
「たしかに、絶対というだけのことはある・・・」
それがイザーク流の褒め言葉だというのもわかっていたから、オレは満足して次の場所へ向かおうとする。
「あそこへ降りられるんだ。桜の森の真ん中に立ってみたくない?」
「降りるってどうやってだ? この先は崖じゃないか?」
確かにオレたちの立っているところの先に道はなく、かなり急な角度で斜面になっている。
「少し先に行くと、もう少しゆるい斜面になってるんだ。そこなら降りられるから」
言いながらオレはそこへ向かう。しぶしぶといった表情でイザークもついて来た。景色には満足したものの、これを降りるということにはいまいち乗り気じゃないらしい。
その斜面にたどり着くとイザークを振り返る。
「ここなんだけど」
そこへ立って崖を見下ろしてイザークは言った。
「・・・お前は、鵯越えの義経か」
いった意味がわからずにオレは聞き返す。
「え、何?」
「日本の歴史上の逸話だ。騎馬隊を率いる武士が敵を急襲するために谷を降りようとして、尻込みする部下にその崖を鹿が降りるという話を持ち出して『鹿が降りられるのに同じ4本足の馬が下りられないはずがない』と言ったという話だ・・・・・・。お前はここを降りるのか?」
腕を組んでまじまじと斜面を見下ろしながらイザークが言う。
「え、イザーク、無理? オレは大丈夫なんだけど。何回か降りたことあるし」
すると『無理』という言葉に明らかにムッとしてイザークが言い返した。
「お前が降りられるのに、この俺が降りられないわけない」
そういう言い方がそのまんまイザークなんだな、と思ってオレは笑いながら促した。
「なら、行こうぜ。足場が悪いからオレが先に行くよ。イザークはあとから来いよ」
イザークが頷くのを見ると、オレは崖の入り口に立ってくるりと向きを変える。そして崖のふちに手を掛けるとロッククライミングのようにして、下へ向かって降り始めた。
数歩降りたところで上を仰ぎ見る。イザークはギリギリの所に立ってオレのことを見下ろしていた。降りる様子がないのでオレは心配になる。
「やっぱり、やめたほうがいい?」
するとイザークはムキになって怒鳴った。
「様子見てるだけだ! やめる必要なんてない!!」
言うなり斜面に足をかける。
「オレより体育の成績いいんだから大丈夫だよな。でもあんまり無理するなよ、マジ危ないから」
「だまれ!」
怒鳴るイザークの足元から砕けた小石がパラパラと降ってくる。
「うわ、あぶないじゃんか。おとなしくしてくれよ」
けれど抗議するオレに構わずにどんどん降りてきて、オレの頭のすぐ上までその足が届いた。
「とっとと降りろ。でなければ俺が先に行く」
すっかり機嫌を損ねたイザークはオレの忠告なんてお構いなしだった。
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