寝室のラグマットに座りながら、イザークの隣でオレはなんとなくテレビを見ていた。休日を控えた夜遅く、見るとはなしにBGM代わりにテレビを流しながら。
ふと見ると画面には一面の桜の木。女性レポーターが高いトーンで中継の解説をしている。
『ここメイリア市の中央公園では、見事に桜の花が咲き、並木道は花のトンネルと化して人々の目を楽しませています』
オレはふと、あることを思い出してイザークの横顔を見た。イザークもその画面を見入っている。
「覚えてる?」
何を、とは言わずに聞いてみるとイザークはテレビから目をそらせないままで答えた。
「ああ。残念ながら忘れてないな」
その言い方にオレは苦笑しながら体を寄せるとその頬にキスをした。
◆◆◆
「イザーク、早く来いよ」
プラントの中でも厳しさとレベルの高さで知られる幼年学校。
その期末試験をクリアして手に入れた休日にオレはイザークを呼び出した。
「子供みたいだな、おまえは」
そんなことを言いながらイザークはちゃんとついてくる。その姿にオレはほっとした。
こんなこと断られると思ってた。
明日からテスト休暇に入るというその日。
オレは試験をすべて片付けて、生徒が帰宅し始める中、図書館へ向かった。案の定、いつものとおりの場所にイザークはいた。
適当な本を途中でピックアップしながら、そこへ歩み寄りイザークの隣に座る。
ちらり、とオレのことを確かめると何を言うわけでもなくまた本に戻ってしまう。そのままイザークが図書館を出るまでオレはずっとそこにいておとなしく待っていた。本を読んでいる間に邪魔をするとイザークはすごく不機嫌になるから、その間おとなしくできなければ近寄るな、といわれていてそれは絶対の決まりだった。
やっと席を立ち、本を戻したイザークにオレも付いて歩く。そしてイザークに並ぶとオレは切り出した。
「あのさ、明日からの休暇、何か予定とかってある?」
するとイザークは立ち止まってオレを向いた。その視線にオレはそれだけでどきどきしてしまう。
「別にないが」
その答えにオレはさらに続ける。
「すっごくキレイな景色が見られる場所があるんだ。一緒に行かないか?」
イザーク・ジュールといえば、学内で一番優秀で、一番美人で、一番プライドが高くて、自分以外に興味が無いとされていた。
オレはそんなイザークといつも一緒にはいたけれど、その関係といえばイザークが好きなことをするのにオレが付き合っているだけだった。そんなオレのことをイザークの金魚のフンだとか、変わり者だとかいう奴もいるくらい、イザークは周りからは近寄りがたい存在だと思われていたけれど。オレはイザークが周りから思われてるよりずっといい奴だと知っていたから、何を言われようとも構わなかった。
そんなオレに対して、イザークは何も言わないけれど、少なくともただのクラスメートよりはイザークにとって近い存在なんじゃないかな、と自分で勝手に思っていた。でも、イザークに会えるのは学校の中だけで、一歩校舎の外に出れば、イザークはまるでオレのことなどいないかのようにいつも迎えに来る車に乗り込んでそっけなく帰ってしまう。
だから、イザークを誘うオレは、ばかみたいに緊張して手に汗をかいてたりした。
するとイザークは少しだけ考えてからその表情を変えるでもなく返事した。
「いいぞ、付き合ってやっても」
そのときのオレの顔はきっと恥ずかしいくらいに笑ってしまっていたと思う。イザークが自分の誘いに乗るなんて思ってもいなかったから。くだらない、とか興味ない、とかって断るに決まってるって思ってたから。
けれど、イザークはそんなオレには構わずになおも言った。
「このオレを連れて行くんだから、つまらなかったら承知しないからな」
その言い方があまりにもイザークそのままなので、オレは嬉しくてずっと笑い続けてしまった。
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