目の前で、きれいな顔がだんだんとゆがんでいく。青い眼には涙がたまり、それでも必死に泣くまいと耐えている眉根はぎゅっと寄せられて、唇は色が変わりそうなほどに強くかみしめられていた。
「ねぇ・・・」
 困ったディアッカはそう声をかける。
 どうやら自分が思い出せないのは、このとてつもなく美人なルームメイトの少年のことだけらしい。
 幼年学校から一緒だったということや、お互いの家のこと、アカデミーに入ってからのことなど色々と話をしていたのだが、思い出すどころか肝心なところで記憶が曖昧になっているのがわかっただけだった。
「イザーク?」
 少年の名前を口にする。するとその目尻からぼとぼとと涙の粒が零れ落ちた。
 まるで自分が泣かせているようで、ディアッカは落ち着かない。
「お前がこんなに薄情な奴だなんて思わなかった・・・」
 自分のことを思い出さないことを指して薄情だ、と言うのは、本人の意思とは無関係なのだからかなり乱暴な理屈ではあるけれど。でも、思い出すことができれば彼を泣かせずに済むと言うのなら、思い出さない自分はひどい奴なのかもしれない。そんなことをディアッカは思った。
「・・・ごめん」
 とりあえずそう言った。何をどうしたらいいのかわからなくて、その言葉しか思いつかなかったから。
 けれど、ディアッカの気持ちに反して、イザークの涙は勢いを増してしまう。謝罪の言葉、それはイザークのことを思い出せないという事実を改めて突きつけることにしかならないからだ。
「謝るな!」
 そう怒鳴りつけてイザークはディアッカを突き飛ばそうとした。しかしそれは寸前でかわされてしまう。いつもならその腕を掴んでディアッカは抱き寄せるけれど、今のディアッカはそういうことをしそうな気配もなくて。ただ普通に避けただけだった。
 バランスを崩したイザークはそのまま前のめりにベッドの上に腕をつく。そして起き上がりもせずにシーツを握り締めるとそこへ顔を突っ伏してしまった。
 声もなく肩だけが震えている。泣いているんだ、とディアッカはそれを見て思った。
 なんでそんなに泣くんだろう。そのうち思い出すだろうとドクターも言っていたのに。そう思う反面、彼に泣かれることがひどく落ち着かない気持ちにさせるのだ。どうしたら泣き止んでくれるのだろうか、とディアッカは必死に考える。女の子相手だったら、抱き寄せてキスの1つでもしてやればいいんだろうけど・・・。いくら女みたいな美人だからって、そんなことしたら怒るだろうし・・・。一通りそんなことを考えて、けれども他の方法も思いつかないで、ディアッカはそっとその銀糸の髪に手を伸ばす。
「泣くなよ・・・」
 さらり、と指に触れる絹糸のような肌触りは、下手な女よりもずっと繊細で柔らかで、まるで自分の手に絡みつくようだった。その髪の毛を優しく梳かしながら、ディアッカは不思議な気持ちになった。
 自分はこの感覚を知ってる。根拠もなくそんなことを思いつく。遠慮がちに伸ばした手だったはずなのに、なんだかひどく慣れている気がするのだ。
 必死に泣き止もうとしてか、咽ぶような呼吸を繰り返している少年にディアッカは声をかける。
「あのさ、間違ってたら悪いんだけど。オレ、前にもこういうふうにあんたの髪撫でたことあったりする?」
 びくり、と細い体が震えて、言葉よりも顕著にその答えを表していた。
「なんで・・・そんなことを言う?」
 声だけで問いかけるイザークに、ディアッカはぽりぽりと頭をかきながら答える。
「んー、なんとなくっていうか。頭では思い出せなくても、体が覚えてるってあるじゃん? なんか、あんたの髪に触ったことあるような気がしたんだよねー」
「体が覚えてる・・・」
 そう繰り返すとイザークは起き上がってディアッカをにらみつけた。泣き腫らした目は真っ赤ににじんで、瞳の青さがより鮮烈に見える。
「よく言うだろ? 子供の頃やったことは大人になっても出来るって? 体が覚えることは頭で覚えるよりも強く記憶に残るらしいし」
 そういうディアッカの隣に座りながらイザークはなにやら考え込むようにしてしばらく目を伏せていた。
「イザーク?」
 どうしたのだろうといぶかって覗き込むと急にイザークは顔を上げてディアッカの肩をぐっと掴んだ。
「髪で思い出せないなら、これなら思い出すのか?」
 その瞳はどこか必死でディアッカがとまどっていると、イザークは構わずに顔を近づけてその唇を押し付けた。





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