どうやらディアッカが思い出せないのはイザークのことだけらしかった。食堂で会った同僚たちのことは名乗られた順に一人ずつ記憶を探るとちゃんと思い出していったのだ。
部屋に戻ってきてイザークは深くため息をつく。
なんで自分のことだけ・・・、そう思わずにはいられない。
向かいのベッドに座ったディアッカはいつもと同じように雑誌を眺めているが、とくにイザークのことを気にしている様子もない。同居人が誰か思い出せないような相手でも、もともと人当たりのいい奴だったから、たいした問題ではないのだろう。
むしろ問題なのはイザークのほうだった。自分のことを思い出さないディアッカと同じ部屋にいるのは居心地がわるい。ディアッカはディアッカなのに、まるで知らない人間と同じ部屋にいるようで落ち着かないのだ。
イザークはそっと立ち上がると部屋の出口に向かう。
「あれ、どっか行くの?」
そう訊いてくるディアッカにイザークは小さく頷いた。
「ああ、ちょっとな」
そしてイザークはドアの外に姿を消した。
向かいのベッドでじっとしているイザークという同室者はなんだかずっとイライラしているようだった。理由はきっと自分のことだけ思い出さないオレのせいなんだろうとは思う。けど、日常生活に不自由はなく迷惑をかけるわけでもないのに、イライラされるのはなんだか居心地が悪い。かといって他の部屋に自分が行ってもそれはそれであてつけのようで感じ悪いし。
ディアッカはそんなことばかり考えていて、雑誌に目を落としながら実は内容をまったく読んではいなかった。いい奴ではあるのだろうけど、扱いにくい奴だなぁと新たにそんな感想を抱いていたが、だからといって態度を変えるというのもどうかと思うし。結局どうすることもできないままだった。
すると、イザークはベッドから立ち上がった。
「あれ、どっか行くの?」
雑誌から目を上げて聞くとイザークはこちらを見ないで頷いた。
「ああ、ちょっとな」
そのまま扉の向こうに消える。
閉じたドアを眺めながら、その後姿を思い出す。うなだれた項が何故だか強烈な印象でディアッカの脳裏に焼きついている。
自分でも何でこんなにあいつのことが気になるのかわからない。別に放っておけばいいことなのに。
「あああ、くそっ」
言って雑誌をベッドに放り出すと、ディアッカは慌ててイザークの後を追いかけた。
イザークが廊下の角を曲がる頃に、部屋のドアからディアッカが出てきた。そして奥の廊下にイザークの影を見つけると慌てて追いかけてその腕を掴まえる。
驚いて振り返ったイザークにディアッカは出来る限りにこやかに話しかける。
「なぁ、やっぱ、部屋で話さない? いろいろ話したらあんたのこと思い出すかもしれないし」
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