執事とご主人様

 玄関のドアが開いて主が姿を現すとこの家を取り仕切るまだ若い青年が折り目正しく出迎えた。
「お帰りなさいませ、お食事は?」
「済ませてきた。それよりアレックス、明後日のホーク家のパーティの出欠だが・・・」
 確かめながら美しい主人は執事のアレックスがするままに上着を脱ぐ。
「欠席のお返事に花束とヴィルヌイブの菓子をお届けしてあります」
「ヴィルヌ・・・?」
 聞き慣れない名前に眉を顰めると心得ているとばかりに青年は説明した。
「最近流行りのパティスリーで行列ができる人気の店です」
「それを?」
「ホーク家はご令嬢がお二人いらっしゃいますので」
「・・・なるほど」
 相変わらずどこで仕入れてくるのか優秀な執事はありとあらゆることに通じているようだ。
「お夜食は召し上がりますか、それともアルコールでしたらオードブルをご用意しますが」
 それに主はしばらく考えてから向き直って言う。
「シャンパンを。つまみはまかせる」
「かしこまりました」
 ちらりと視線を向けて主人が笑みを浮かべたが執事はそれに気付かないのか、いつもと変わらずにテキパキとあちこちに指示をしていた。それに満足したように頷くと主人は自分の部屋へと向かった。




「失礼します」
 このタイミングでは声をかけたところで返答がないとわかっていながらもアレックスはいつもと変わらず律儀に段取りを踏んで主人の部屋のドアを開けた。広いリビング兼書斎に主人の姿はなく、予想は間違っていなかったと確信する。寝室へ続くドアをあけるとちょうどシャワールームからその人が出てきたところだった。バスローブを身に纏い、銀の濡れ髪を拭いている。
「さすがにいいタイミングだな」
「恐れ入ります」
 かしこまって執事は窓際のローテーブルの上に飲み物とセットのオードブルを置いた。姿勢を正したまま立っている執事に主人はゆっくりと歩み寄る。
「酒肴は何だ?」
「ブルーチーズとサーモンのカナッペにオリエンタル春巻きです」
「それは旨そうだ・・・」
 言いながら主人はゆっくりと執事の肩を抱き寄せてその唇を押し付ける。黙って受け入れる執事は細い腰に腕を回すと抱き寄せてうっとりと舌を割り込ませた。アレックスの顔が表情の乏しい執事のそれとは別人のように変わる。
「久しぶりですね、イザーク」
 にっこりと笑う瞳に映るイザークの瞳はすでに熱く潤んでいる。
「忙しかったから・・・ッ」
「だからってこんなこと・・・困った人だ。はしたないのはよくないとわかっていますよね?」
 持て余した腰を押し付けてしまったイザークに執事だった青年は意地悪く笑う。
「そんな・・・っ」
「仕方ないですね、今日は時間があるからじっくりお仕置きをしましょうか」
 びくっと体を震わせてイザークが咽喉を仰け反らせる。その白い咽喉元に噛み付くように口付けながら青年は楽しそうに命令した。
「いつもみたいに言ってごらんなさい、さぁ」
「あ・・・アスランッ」
「違うでしょう、イザーク」
 銀色の髪を指に絡め取りながらアスランはうっとりとそれに口付けた。堪らなくなって主人だった青年は頬をほんのりと上気させながら呟くように口にする。
「・・・お願い・・・しま・・・ぁ」
 それに満足げに微笑むとアスランはイザークの唇を強引に塞いだ。
「よくできました」
 イザークからの口付けは二人だけの時間が始まる秘密の合図だった。

fin.



初出2007.6.24
C.CITYペーパー






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