「アスラン・・・これは何だ・・・」
 白い顔を真っ赤にしながらイザークが静かに問い詰める。あたりは暗いというのに不思議と怒っているのが分かるのだから恐ろしい。
「それは、その・・・ミゲルが・・・」
 手にしたバッグに今まで集めた衣装のパーツが詰まっているが、最後のポイントで手にしたもので全てがイザークにばれてしまった。というか今まで気づかれなかったことの方がアスラン的には不思議なのだが、最後の最後まで来て騙されていたのがわかったのだからイザークの怒りは半端じゃない。
 オレンジ色のモコモコした服。それはどうみても「入り口一つに出口が二つ」というなぞなぞそのままで誤魔化しようなんてなかった。
「帽子とほうき、ブーツと黒のフード付上着・・・それで、このオレンジか!」
 ああもう完全にアウトだ。
 アスランは目の前にした静かに怒るイザークにどうしていいのかわからずに天を仰いだ。





 ―― pumpkin ―― 






「諸君、いよいよ10月になった」
 
 10月になってから20日以上経ったある日のこと。
 寮のレクルームに後輩を集めておいてミゲルは唐突にテーブルの上に立ってそんな宣言をした。腰には手を当てて演説マイクの代わりにどこから持ってきたのか旧式テレビのリモコンを手にしている。
「おい、土足は止めろって」
 ディアッカが言うとニコルも「そうですよ」と相槌を打つ。
 勢いをそがれた先輩はいそいそと壇上から降りながらもまだ威厳もマイクも手放さない。
「10月といえば何だ?」
 インタビュアーよろしくリモコンをラスティに突きつけて訊く。
「何だろ、秋だよね、食欲の秋とか?」
 興味なさそうなラスティの回答に早々に愛想をつかしてミゲルは次のターゲットにニコルを選んだ。
「・・・降参です」
 両手を挙げてパタパタとさせながら一番年下のニコルは要領よくミゲルの言及を回避して見せる。
「じゃディアッカ!」
「はぁ? 日本の暦なら神無月だしお月見もあるけどな。あとは運動会?ていうかもう20日以上たって今さらなんだよ」
 つれない後輩たちの反応にがっかりと肩を落としながらミゲルは最後に頼みの綱である学年主席のアスランに矛先を向けた。
「アスランはわかるよな?」
「ミゲルはイベント好きだからそういうことだろう。10月だと・・・」
 思案しているアスランに代わって答えを出したのはディアッカだった。
「ハロウィンか」
「さすがだな諸君!」
 ようやく言いたかったことを理解されてご機嫌でミゲルは頷いた。
「そこでだ」
 一旦言葉を区切るともったいつけてメンバーを見回す。
「第32回、ザフトアカデミー仮装パーティを開催したいと思う!!」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・は?」
 一瞬の沈黙の後に唯一反応したディアッカに救いを求めるかのような視線を向けてガシィッとその両肩をミゲルは掴む。
「お前ら!なんて冷たい後輩なんだ!そう思うだろディアッカ?」
 強引に同意を求められて仕方なくディアッカは頷く。
「お前らさぁもう少し反応してやれよ」
 だがその言葉は傍迷惑な先輩に振り回される仲間に引きずり込もうとしているようにも聞こえる。
「冷たいって言われても・・・」
 アスランが戸惑えばラスティも突っ込む。
「だいたい32回ってなんだよ、32回って」
「たしか先月も実りの秋の収穫祭って言ってませんでしたっけ?」
 そういう名目で飲み会を主催したのはミゲルだった。ニコルの指摘にミゲルは気にも留めず続ける。
「ゴホン。まぁ回数はともかくとして、だ。仮装パーティはすでに決定してるからな」
 ビローン、と古風な巻紙ふうになった計画書を広げるとそこにはご丁寧にかぼちゃとお化けの絵が枠組みを気取ってへたくそなりに描かれていて、真ん中には日時と要綱が書き込まれていた。
「仮装だけじゃないんですか?」
 いち早く内容を読み取ったニコルがミゲルを向く。
「子どもじゃないんだから仮装して菓子もらっても面白くないだろ」
「それがハロウィンじゃないですか」
「いいから!」
 強引に追求を交わすとミゲルは話を続ける。
「で、メインイベントの肝試しだが」
「肝試しって夏に涼むためにするんじゃなかったんですか?」
 8月に納涼肝試し大会で幽霊役をやらされたことを根に持っているニコルは厳しい。
「いいんだよ、そんなの。それより肝試しを仮装してやろうっていうのが今回のメインイベントだから」
「はぁ・・・」
 アスランはあきれながらミゲルのどこから湧き出すのかわからないパワーに圧倒されていた。
「仮装はくじ引きじゃないんだろうな」
 夏の肝試しのときは『土のぬりかべ』という洒落にならない役を引いてしまって一生の汚点だと思ってるディアッカは探るように聞いてくる。
「あぁ今回はイザーク以外は自分で決めればいい」
「イザーク以外?」
 ラスティが聞くと自主訓練で唯一この場にいない後輩の名前をミゲルは楽しそうに告げた。
「そ。今回の目的は実はそこなんだよなぁ」
 勝手に妄想を膨らましてにやにやとしながらミゲルがそんなことを言う。わけのわからないみんなはその伸び切った鼻の下をあきれるようにみていた。
「目的って何だよ」
 ディアッカが訝しいまなざしを向けるがミゲルにはまるで通用していない。
「イザークの女装見たくないか?」
 くわっ、とその提案に飛びついたのはラスティだけだった。しかもその理由は単純に珍しいものが見られて面白そうということで、スケベなミゲルとは根本的に思考回路が違う。
「オレ、パスしていい?」
 肩をすくめながらディアッカが言う。昔からの付き合いと現在のルームメイトとしての生活からあのイザークがそんなこと受け入れるわけないと思っていたし、ミゲルが悪巧みでイザークを嵌めようものならその後の荒れっぷりは想像に難くない。面倒なことになるのはごめんだ。
「だめだ。これを見た以上お前も立派な共犯者だからな」
「んなこといったって」
「しかもカボチャパンツだ、こんなの二度と見られないぞ」
「カボチャパンツぅ〜?」
 ミゲルの発言に一々反応してやるのはもはやラスティの役割になっていた。
「カボチャパンツってあの膨らんだブルマーみたいなの?」
「そ。あの白い足ならなんでも似合いそうだろ?しかもカボチャパンツだぜ?」
 くわああああ、と喜んだのはやはりラスティだけでディアッカは勘弁してくれよという顔をしているし、アスランは反応に困っているし、ニコルに至っては無関係を決め込んでいた。
「でもイザークがそんなの着るのかよ?」
 ラスティの疑問はもっともだった。
 そうじゃなくてもあのイザークのことだ。毎回先輩という立場を振りかざすミゲルのイベントに不本意ながら巻き込まれているというのに、それが仮装でしかも女装となればぶち切れてナイフ戦に持ち込むかもしれない。ミゲルがイザークに勝てないというのは似たような原因ですでに実証済みだ。あのときはアスランが止めに入ったから事なきを得たのだが、今回ばかりはミゲルの行き過ぎたお祭り騒ぎに止めることもないかもしれない。ちなみに夏の肝試しの仮装はミゲルの希望は猫娘だったのだがくじ引きでイザークが引いたのは唐傘のお化けだった。
「それは大丈夫だ。最初から女装なんて言うはずないだろ。ゲーム形式で衣装を一枚ずつ着てくんだ。で、最後にカボチャのパンツをだな・・・」
「本気かよ」
 ほとほとあきれた顔でディアッカが言うとミゲルは力いっぱい頷く。
「当たり前だ。今年のハロウィンは二度とやってこないんだぞ」
 それは当たり前です、とニコルの突っ込みを聞き流してミゲルは声も高らかにそのゲームの開催決定を宣言した。
「じゃ、そーいうことで。開催は一週間後だ、諸君、心して準備するように、わかったなアスラン」
「て、準備は自前かよ」
 レクルームから足取りも軽く出て行こうとするミゲルに寸でのところでディアッカは確かめる。
「当たり前だ、各自好きな仮装するんだから、こっちで用意なんてできるわけないだろ」 最初から用意するつもりなんてないんだろう、ぼそりとアスランが言って全員が思い切り納得した。







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