君を待つとき


「遅かったね」
 にっこりと笑う顔に到着したばかりの少年は悔しさを隠そうともしない。
「貴様が早すぎるんだ」
 悔し紛れの言葉に待ち合わせの1時間も前から待ち構えていた少年は嬉しそうに目尻を下げる。
「うん、もう一時間もここにいるからね。おかげでとってもいいものが見られたよ」
一分でも待たせたら機嫌が悪くなる恋人のために、アスランはかれこれ一時間以上その場所に立っていた。様々な人が買い物や散歩やデートをしているのを観察していたのだけれど、それが意外と楽しくて一時間なんてあっという間だった。かつては有名人として耳目を集めていたアスランにしてみれば、関りのない人に好き勝手に見られることはあってもその逆なんて初めてのことだったのだ。

 そして気がついたことが一つ。
 それはアスランにとってとても大きくて大切なことだった。
 腕時計の示す時刻は待ち合わせと指定された時よりも7分ほど手前。ふっと上げた視線の中には大勢の人たち。その中で何故だか惹きつけられるたった一人の存在があった。派手な服を着ているわけでも目立つ化粧をしているわけでもないのに。むしろ極めてシンプルな格好なのに、まるで周りの色彩がモノクロに変わってしまったかのような感覚に陥るほど、それが鮮やかに目に飛び込んでくる。まっすぐに自分に向かってやってくるその人にアスランは笑みが漏れるのを抑えることができなかった。

 ――イザーク!

 そしていつもイザークはこんな気持ちだったのだろうかと思うとなんだかとてもくすぐったい。待ち合わせをしてもせっかちなイザークは約束の時間の5分前にはやってきていて遅れたアスランに文句を言って、毎回同じことを繰り返すのはどうしてだろうと常々思っていたのだけれど、その理由がなんとなくわかった気がした。
 たくさん人がいる中で、自分の好きな人を待っているのはとてもどきどきした。いつも後から来るアスランは知らなかったけれど、ちゃんと来るとわかってはいてもなんだか落ち着かない。そしてその姿が人ごみの中に見えたときの気持ちっていうのは――。

「イザークってすごく目立つよね、すぐに気がついたよ」
 並んで歩き出しながらアスランが言うと負けじとイザークも口を開く。
「貴様ほどじゃないだろう、プラントの星だったヤツが何を言う」
 そうか。たしかにそれはそうかもしれない。表立っては騒がれることはなくても、アスラン・ザラがいると気がついた人たちが振り返って人ごみが開けてしまっているとかあっても不思議じゃない話だ。なるほど。
「それはそうと、君がいつも早く来る理由がわかったよ」
 ニコニコとしながらアスランが言うとイザークがむっとするのがわかる。
「知らなかったな、こんな風に待ってたなんて」
 どきどきそわそわしながら人を待つ気持ちなんて。そしてやってきた待ち人が自分のことを見つけたときの顔なんて、今まで全然知らなかった。
「何のことを言っている」
「イザークが俺を見つけたときの顔、写真に撮って残しておきたいくらいだ」
 ブルーの瞳がターゲットを捉えて見開かれ、すぅっと細められた、とても嬉しそうに柔らかく。その頬がピンク色に染まっているんじゃないかと思うくらいに。きっと自分はイザークなんかよりよっぽどわかり易いだろうから見ているのは楽しいに違いない。イザークはどういうふうに思っていたのだろう。それを考えるとなんだか楽しくなってしまう。
「うるさいぞ」
 言いながら早足になるイザークの耳がほんのりと赤くなっているのが揺れる銀髪の間から垣間見えた。
「言っておくが、貴様の顔の方が100万倍見ものだぞ」
「へぇ、どんな風に?」
「へらへらアホみたいに笑った面なんてそりゃもうマヌケすぎて笑えるぞ」
「ふぅん、イザークってそんなに俺のこと待ってるのが好きだったんだ、そっかそんなに俺のことが好きなんだ」
「はぁ? 貴様、何を勝手に・・・」
「だってそうじゃなきゃ、待ってる相手の顔なんて見たりしてないだろ」
 自分がそうだったのだからイザークだってそうに違いない。そう思って見上げた顔は微妙に不機嫌で否定も肯定もされなかった。ただ一言、言われただけで。
「嫌いなヤツと待ち合わせなんかするか!」
 あぁそうだ、待ち合わせは好きな人を待つから楽しいんだ。そう思いながら右手を差し出してイザークの手を握る。その手はやっぱり拒絶も歓迎もされず、黙って握りしめられた。     




fin.



2007.3.18(イベント配布ペーパー)






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