imprinting




 目を開けると目の前に翡翠の瞳があった。心配するような表情のそれに寝起きの頭でぼんやりと問う。
「ん・・・」
「あ、起こしちゃったな・・・ごめん」
 慌てて言って退きながら、ベッドの脇にすとん、とアスランは座った。
「アスラン?」
 落ち着かない様子にイザークはベッドの上に体を起こす。デジタル時計で時刻を確かめれば深夜の2時。アスランの今日のシフトはCパターン夜勤で帰宅は明け方のはずだった。本来ならまだ勤務時間中のはずだ。
「どうかしたか」
 部署が違うとはいえ同じZAFTに身を置く人間で、ましてやイザークは隊長という立場でもある。軍人として長くを戦場で過ごしてきたから、いくら気配を消されたところで近くに人がいれば目が覚めてしまうし、それが覗き込んでいたとなれば気になってしまうのは仕方がないだろう。
「別に何もないんだ」
 ばつが悪いという顔でそう告げる顔は言葉とは裏腹にやはり何かを言いたそうだった。
「何もないならなぜこんな時間にそんな姿で部屋にいる?」
 アスランは着替えもせず軍服のままで玄関から真っ直ぐに寝室にやってきたのだというのは明らかだ。
「それは・・・」
 言いよどみながらちらりと腕時計を確かめる。
「怒らないでくれよ」
 前もって言われるが、その言葉がすでに腹立たしい。
「いちいち面倒な奴だな、聞かなきゃ分からんだろうが。いいから言え」
 完全に起き上がりベッドに腰掛けた格好でイザークは睨む。アスランのこういう変に慎重すぎるところは未だに慣れない、というかイライラする。はぁ、と覚悟を決めるように両の手のひらを一度ぎゅっと握り締めると床に膝をついていたアスランの視線がまっすぐにイザークを捉えた。
「その、少しでも早く君を見たくて・・・。日付が変わってなるべく早く会いたかったから仕事を切り上げてきたんだ。今日は誕生日だろう、だから――」
 信じられないと目の前で透き通ったブルーの瞳が見開かれるのを見てアスランは下を向いた。きっとまた怒鳴られる、それ以外にイザークの反応など考えられなかった。
 だが、返ってきたのは予想もしない笑い声だった。吹き出すと同時にクツクツと肩を揺らしてイザークは笑っている。
「イザーク?・・・怒らないのか」
 一通り笑い終えてから銀髪の恋人はそれに答えた。
「戦時中だったら殴り飛ばしてるだろうがな。切り上げたといってもやるべき仕事は片付けたんだろう?だったらそれは本人の裁量の範囲内だ。それに」
 一度言葉を切ると、頬にかかった銀色の髪を掻き揚げて耳に掛ける。
「どうやら貴様の作戦は成功だぞ」
「作戦?」
 きょとん、としているアスランにイザークは愉快そうに笑みを浮かべる。
「それを狙ったんじゃないのか?誕生日の一番最初に貴様の顔をこれでもかってくらい間近で見たんだ。刷り込みでこの一年は貴様のことばかりで明け暮れそうだぞ」
 刷り込み、imprinting――。それを理解したアスランはイザークが笑っていることの本当の意味を知って、そして満面の笑みになった。
「だったら一年限定じゃなく、本来どおりに一生有効がいいな」
 言いながら白い指先を恭しく頂き、その指先に口付ける。
「残念だがそれはないな。何しろ貴様の第一印象はムカつくだけだった」
 アカデミーで出会ったときの印象は最悪だった。それが今は一番最初に誕生日を祝う相手になるなんて皮肉というか滑稽というか。
「でもその方がイザークには有効だったみたいだけど」
 クス、と競争だらけの毎日を思い出してアスランは笑う。
「やかましいぞ。それより顔を覗くだけで満足なのか」
 挑発するような顔にまさか、とアスランは苦笑する。
「そんなはずないのは分かってるんだろ。本当はキスをするつもりだったってことも」
 ゆっくりと白い頬を指先がたどり、愛しむように唇の輪郭をなぞった。
「だったらもっとうまく気配を消せ」
 あれが伝説のエースかよ、と皮肉ると余裕を含んだ笑い声が耳元にそっと届けられる。
「あまりにも無防備だったからキスだけじゃ止まりそうもなくて」
 つい気配を消すのを忘れてしまったと白状するアスランは楽しそうだった。
「はん!そこで尻込みするのが貴様らしいヘタレっぷりだな」
 ふっと一瞬絡ませる視線で意思の疎通は十分だった。
「なら、二度寝は必要ないってこと?」
 確認ではなくてそれはすでに言葉遊びだ。イザークの手が緋色の軍服に伸びて握り締める代わりにその上着を脱がせ始める。
「起こしておいてよく言う」
 抱き寄せられてイザークは体重の全てをゆだねた。
「それは失礼。でもその前に――」
 闇色の髪が降りてきて、翡翠の瞳にイザークの顔が映りこんだ。
「誕生日おめでとう。素敵な一年を」
「あぁ、貴様とな」
 そして甘い口付けが落ちる。
 やがて。
 静かに重なる二人の影に壁に映ったデジタル時計の文字がゆっくりと溶け込んでいった。

 Happy Birthday YZAK!!

fin.



2007.8.26(C.CITY イベント配布ペーパー)






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