■GIVE and KISS



 ああああ!
 予想もしなかった残業ですっかり時間が遅くなってしまった。
 こんなことになるくらいなら、あのとき人目を気にして迷ったりしないで思い切って買っておけばよかった。慌しくエレカのエンジンスイッチを入れながらアスランは自分のマヌケさに重力を無視して地球近くまで落ち込んでいた。
 街中を走っていてもさすがに営業中の店はほとんどない。それもそうだ。時刻は22時すぎ。まともな店ならやっている方がおかしい。コンビニのような店ならいくらでも開いているだろうが、間に合わせの半端なものをイザークに差し出した瞬間「ふんっ」って鼻で笑われるに決まってるのだから、後日仕切りなおしたほうがいいに決まってる。
 そして助手席のダンボールをちらりと見遣って深くため息をついた。
 不本意ながらに渡されたカラフルなチョコレートの数々。ZAFTに復帰しているアスランの存在は表沙汰にはなっていないとは言うものの、伝説の英雄扱いまでされたアスランのことはミーハーな女性の間では当たり前の存在として知られていた。そしてまるでアイドルのように一方的にチョコレートを渡されたのだ。直接だったり勤務している部署気付での送付だったりして。形式はどうあれそんな風に渡されるものを断る意気地などアスランにはない。送られたものを送り返すわけにはいかないし、ましてや目の前でほんのりと頬を染めながら渡されたものを拒否するなんてとんでもないことだ。
 そんな経緯で紙袋じゃ収まらずにダンボールへと詰め込まれたチョコレートは職場に置いておくこともできずに帰宅の供になっている。けれど、それは即ちイザークの待っている家に持ち帰るということでアスランの気をなおさら重くしていた。イザークへのチョコレートを用意できないままなのに自分が貰ったものを持ち帰るなんて。そもそもイザークという恋人がありながらチョコレートを受け取るというのだってイザークにしてみれば気分のいいものじゃないだろう。
「はぁ」
 ゲートをくぐってエントランスに車を停めるともう後がなかった。パーキングに入ったことは家の中にいても分ることだし、イザークはとっくに帰っているのだから逃げも隠れもできやしない。もう一度盛大にため息をつくと覚悟を決めてアスランはダンボールを抱えて車を降りた。

「おかえり」
 玄関に入るとイザークが立っていた。驚いたアスランは抱えていたダンボールを隠すわけにもいかず「ただいま」と慌てて普通を装って返す。
「遅かったんだな」
 そういうイザークはもうすっかりシャワーも浴び終えたようで部屋着でリラックスしている様子だった。
「夕飯は?」
「まだだ。帰ってから軽く食ったから腹は減ってない」
「そうなんだ」
 そしてダンボールを床に置こうとしたアスランはそこにすでに似たような箱があるのに気がついた。
「イザーク、これ・・・」
「あぁ、毎年毎年面倒なことを飽きもせずやる女たちの考えてることはわからんがな」
 その箱はアスランなんかの比じゃなく大きくてしかも二箱もあった。イザークはアスランと違いその存在は有名だった。しかも生粋のZAFT軍人でヤキンの英雄。つまり女性の人気はアスランどころじゃないわけだ。
「なんだ、そうだよな」
 一人で気を揉んでいたバカさ加減に漏れた独り言はイザークには届かなかったらしい。
「貴様は随分と控えめなことだな」
 自分より少ないチョコレートに対してのコメントはアスランもチョコを持ち帰ることなんてとっくに予想していたふうだった。それに救われながらアスランは苦笑する。
「俺は君と違って有名人じゃないからね。ところでこれどうするんだい?」
「毎年教育施設に寄付しているが、今年は量が増えていいことだ」
 そう笑った顔になるほどまじめなイザークらしいと思いながらアスランがリビングへと足を踏み入れると、イザークは振り返り、そして小さな箱を突きつけた。
 どれはどう見てもラッピングされたプレゼント用の・・・。
「貰い物を渡すんじゃないからな、これは俺がちゃんと」
「ごめんっ!!!!! 時間なくて買えなくて、俺まだ用意できてないんだ・・・!!」
 頭の上で合掌してて必死に謝るアスランの頭にイザークはコツン、とその箱を載せてくる。
「そんなことは分ってるし、期待なんてしてないさ。それより受け取る気はあるのか」
「も、もちろんっ!」
 頭の上の箱を犬みたいに跳ね上げた頭でリフティングしてからキャッチするとそのままアスランはイザークを抱きしめた。というよりはそれは抱きつくカタチに近かったけれど。
「こ、こらっ、バカ」
 必死に剥がそうとするその腕はあえなくアスランに押さえ込まれる。あぁ尻尾が見えるぞ、ブンブンと振りやがって。イザークがそう思っていることはまるで知らずにアスランはイザークの頬に唇を押し付けた。
「大好きだよ、イザークっ」
 そのキスが拒絶されるなんて微塵も疑いなく唇を奪うアスランに「俺は甘くない物の方がいい」と告げながら、イザークもやっぱりキスを受け入れるのだった。 
fin.



2007.2.118(イベント配布ペーパー)






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