「アスラン・・・あの噂って本当なんですか?」
 廊下の奥からニコルの声がしてイザークは反射的に気配を消した。別に疚しいことをしているわけではないのだが、アスランが一緒らしい会話の内容に、最近ずっと避け続けているせいで無意識に壁に寄りかかるようにして気配を探ってしまう。それはトレーニングルームで筋力トレーニングのメニューをこなした帰りだった。
「噂・・・?」
 二人の居る辺りには自動販売機が並んでいる。きっと飲み物を買うついでの会話なのだろう。
「ラクスとの結婚がもうすぐだって聞きましたよ」
 それは夕食時にディアッカが言っていたことだ。あの中ではルームメイトのラスティ以上にアスランに懐いているニコルだから気になって仕方がなかったのだろう。
「あぁ・・・」
 あいまいな笑い。イザークが一番好きじゃない声はいつもと変わらない肯定とも否定とも取れるニュアンスだった。
「卒業よりも前に結婚するんですか」
 畳み掛けるようにニコルは質問を続けた。自分たちの卒業は数ヵ月後だ。それよりも以前というのなら本当にもうすぐだということになる。
「よくわからないんだけど、たぶんそうなるのかな」
 なんて答えだ!
 イザークは拳を壁に叩き付けそうになった。自分の結婚の話だというのにまるで他人事みたいな興味のなさ。アスランのすべてにおける自主性のなさとそれに反して何事も簡単にやり遂げてしまう優秀さ。それが嫌いだったが、結婚という人生の大きな分岐でさえすべて同じなのか。それは何でもできてしまうから何にもたいした価値がないということなのか。
 するとガタン、とボトルが落ちてくる音がしてからアスランの声が続いた。
「父親のやっていることで俺は何も知らないんだ。ラクスはいい子だけど結婚なんて俺には考えられないから断ろうかと思っているんだけど・・・」
「断るって・・・アスランそれ本気なんですか?」
 ニコルの声のトーンが上がる。アスランとラクスの婚約はもはや個人の話ではない。プラント市民はロイヤルウエディングのように位置づけて美男美女のカップルに憧れ、晴れの日を楽しみにしているのだ。
「頼むから誰にも言わないでくれよ。その・・・好きな人がいるんだ、ラクスじゃなくて別の・・・」
 声は尻すぼみに小さくなっていったがニコルの声ははっきりと告げた。
「ラクスの他に好きな人がいるんですか?!」
 イザークはその言葉に息を呑んだ。
 他に好きな人がいる・・・。ラクスではなく別の誰かを、アスランは想っている。
 イザークの脳裏にあのときの言葉が蘇った。

『俺はイザークが好きだ!』
『これが冗談を言う顔に見えるのか』

 あれは本気だというのか、自分を好きだと言ったことは。だから婚約を断ろうと思っていると?
 壁についていた手ごとイザークはずるずると滑り落ちた。いつのまにか二人はレクルームに戻っていったらしくイザークの存在には気づかなかったらしい。
「・・・そんな・・・そんなこと冗談じゃない」
 小さくつぶやいたイザークの心臓はなぜだか不自然な鼓動を繰り返していた。







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