勝負するのは

「チェックメイト!」

 得意になってイザークが言うのを俺は軽くため息をついて聞いていた。
 もう何度挑まれたかわからない勝負。たしか、チェスは37回目で、勝率は22勝14敗1分けのはずだ。そしてこの一敗で15敗になったわけだけど。

「これで俺の16勝だな」
「15勝だよ、15勝22敗1分け」

 訂正するとイザークはぴくりっと眉を動かした。

「あ、いや、別にいいんだけど」
「うるさいぞ、俺の勝ちは勝ちだ。さぁ負けた貴様は何をするんだ」

 今日はラウンジではなく俺の部屋だったから、ギャラリーがいないのが残念なんだろう。イザークは物足りなさそうにして言う。

「何をしたらいいんだい?」

 これも何度もやっていることで、イザークが勝負を挑んできたときは必ず負けたほうが何かをするという暗黙の掟のようなものだ。
 そもそもの始まりはせっかく勝負するなら罰ゲームがあった方がいいですよ、とニコルが言ったのがきっかけだった。あれでニコルは案外俺とイザークの勝負を楽しんでいるらしい。勝負そのものというよりもその後のやり取りを、だろうけど。そういう意味ではこの1敗での罰ゲームは意味のないことになるのかもしれない。ニコルにとっては。

「そ、そんなの貴様が考えることだ」

 立ち上がっているイザークをテーブルの上に両肘をついて、見上げる。
 相変わらずキレイな髪の毛だなぁと、観察しながら。ちょっとだけうろたえているイザークは眉毛がぴくっと動いている。ポーカーフェイスなんてイザークには無理なんだろうなとか、そんなことを考えていたらイザークがバン!とボードごとテーブルを叩いた。

「俺が考えるといつもと同じになるけど・・・」

 罰ゲームを毎回考えるのに労力をかけてなどいられない。だから、いつも同じことをすることに決めている。それを知っているイザークは、一瞬目を少し見開いて、それから顔を真っ赤にした。

「なんだっていい、早くしろ!」

 ぷい、と横を向いているイザークにくすりと笑ってから俺は立ち上がり、そして、イザークの手をとった。
 予想よりも引き強かったのか、イザークはバランスを崩しかけてテーブルに片手を突いた。その手も掬い上げて、目を閉じるイザークをぎゅっと抱きしめる。
 そしてそのままイザークの唇に自分のそれを押し付ける。
 触れ合うだけの口付け。
 それが、俺が負けたときの罰ゲーム。
 真っ赤な顔をして目をぎゅっと瞑っているイザークを見ていると、罰ゲームというよりご褒美みたいだなと思ってもう一度そっとキスをした。

「こ、こら、アスラン、貴様ッ、何する・・・っ」
「あぁ、ごめん、つい・・・」
「つい、だとっ!?」

 だって、大人しくなってるイザークなんて二人のときしか見られないし。イザークは肌が白いから頬の真っ赤なのがまだ収まらないでいるし。

「次は射撃で勝負だ!」

 いつのまにか腕の中から逃げ出して、俺に向かってイザークはそんなことを言っている。
 イザークが勝って嬉しいのは本当はこの罰ゲームのせいだったりしないかな、とふと思った。ニコルにとって意味のない罰ゲームでも俺とイザークにとっては重要なゲーム。

「次もぜひ、イザークに勝ってもらいたいな」

 そうしたら、俺がまたイザークにキスできるから。言葉には出さないで目で言うと、イザークはふっと鼻で笑った。

「頼まれなくても俺が勝つ!」

 言ってることの意味がわかっているんだろうか。優秀なはずのイザークはときどきかなり間の抜けたことを言う。

「ねぇ・・・イザーク・・・、次に俺が勝ったらイザークは何してくれる?」

 それによって俺のモチベーションはだいぶ違うんだけどな、と小さな声で呟くと耳ざとくイザークは聞きとがめた。

「貴様、まさか手抜きをしたわけじゃないだろうな」
「まさか、そんなことするわけないだろ。第一、手抜きをしたらイザークにすぐにわかるし、俺だって好きで負けるなんてするわけない」

 その答えに一応は納得したらしいイザークはさっきの質問の答えを考えているらしい。

「そうだな、貴様が勝ったら同じことをしてやる」

 それを聞いて俺は俄然やる気になった。イザークが今までした罰ゲームなんて、チェスの後片付けとか、掃除当番を代わるとかばかりでいつもかわされていたから。

「それ、本当?」
「男に二言はない。ここのところ射撃の成績では貴様が負け続けているからな。俺が負けるはずがない」

 最近の負けの原因は、微熱だったり、指先の切り傷だったりと事情があるのをイザークは知らないから、そんなことを言っているのだ。

「じゃぁ次の勝負は明後日でどうだい?」
「いいだろう」

 頷くイザークは隙だらけで、俺がその手をとるとバランスを崩した、また。

「おい!」
「イザークとの勝負は嫌いじゃないよ・・・でもいちいち勝負しないとこういうことできないのは面倒だよね」

 抱きとめながら言うとイザークは力いっぱい腕を振り解いて俺を見た。

「俺が勝負する相手は貴様だけだ、覚えておけ」

 ふん、と笑っているイザークは相変わらず自信に満ち溢れていてまぶしい。
 そういうイザークが好きなんだよな、と思い知らされるみたいで、俺は小さく笑った。





fin.



06/1/30