「時間だ」
時計を見上げたイザークが告げる。
「うん、わかってる・・・」
答えるアスランは言葉とは裏腹に腕の中のイザークを離そうとはしない。
隙を見つけての刹那の逢瀬。
自分たちは対立しあっていると誰もが信じている。
それは作り出した虚像。
アカデミー時代から繰り返した、勝ち負けの数と悔しがるイザークの姿。それに取り合わずに迷惑そうな顔をするアスラン。まともな会話などすることの方が少ない、と誇張したイメージさえ広まったほどに、それは有名で。
だから配属が同じ部隊になったと知ったときには、本人たちよりも周りの反応の方が大きかった。
おかげで本当はひそかに喜んでいたことも悟られることなく済んだけれど、弊害もないわけではなくて。
「せめてもう少しシフトが合えばいいのに」
未練がましくアスランが洩らす。
必要以上に周囲が気を遣って二人が顔を合わせることがないようにと手を回しているのだ。戦闘時以外の待機勤務ではほとんどアスランとイザークは一緒にならない。ニコルなどは進んでアスランと組みたがり、その組み合わせはほとんど固定になってしまっている。イザークはイザークで腐れ縁だな、というディアッカと常に一緒だった。
もともと自由度の高いZAFTの中、クルーゼ隊は個々の能力の秀でた者が多いからなのか、隊長の方針なのか、細かなことに上官は感知しない。自分の部隊のことよりもZAFT全体の作戦絡みの任務が忙しいらしく、新人のパイロットたちには好都合でもあった。
「仕方がないさ」
アスランには婚約者がいる。
それはプラント中が知る事実だ。
だから、最初からわかっていたことだ。自分たちのことは隠さなければいけない、と。
知られたらきっと二人は一緒にいられなくなる。配属も離れるだろうし、アスランの結婚話が急に進むかもしれなかった。
だから。
「こうしてでも一緒にいられるんだ、それだけで充分だろう」
離れ離れになることを考えれば、数日に一度の抱擁でも、人目を忍んだ一瞬の口付けでも。手の届くところにいるというだけで充分幸せだった。
「だけど・・・」
肌を重ねるほど、離れがたくなる。重ねた熱の余韻にいつまでも漂っていたいと思ってしまう。それはこれが禁忌の恋だからだろうか。
「アスラン」
咎めるような口調で名前を呼ばれて、闇色の髪の少年はゆっくりと体を起こす。肌をすべり落ちるシーツが白い少年のしなやかな腹筋の上に落ちた。見下ろす先、ほのかな灯りの下で銀色の髪が闇に浮かんで輝いている。自分を見つめるアイスブルーの瞳は欲情の残り香を感じさせる艶やかな色に染まっていた。
「でも、もう少し」
言うと同時に有無を言わさぬ勢いで上から唇を塞ぐ。深く求めれば、すぐさまそれに答える熱が絡みついてきた。
「・・・ん、こら、アスラ・・・何す・・・」
弾む呼吸の合間に抗議する声も、力なく甘い。
「少しでも長く、きみと一緒にいたいから・・・」
許されないとなればなおさら、離れないといけないのなら余計に。戻れと叱るその口を封じ込める代わりに、もっと求めてほしくて。
俺だけじゃないだろ? 離れたくないのは君だって同じなんだから・・・。
割り切ったフリなんて寂しいことしないでよ。
だって、ほら、体は何より正直に喜んでくれる。
「あと5分だけ・・・、いいだろ」
強請る声に白い華奢な指先が闇色の髪に深く沈む。
「俺は、知らないからな」
頷いてみせる余裕もなく、白い肌に刻印を刻み込む。次に会うときまで消えないように、二人だけの秘密の証に。
混ざり合う濡れた吐息と衣擦れの音が、まだ暗い部屋に静かに広がっていった------。