ふと、目が覚めてしまった。
交代制のシフトで交代し終えたところ、深くはない眠りだとわかっていても、寝るのも勤めだとばかりに布団にもぐりこんだのだが。
暗闇が続く宇宙に於いては朝も夜もなく、時刻という数字だけが人々の生活を動かしていた。
枕もとの時刻を確かめれば、まだ交代から1時間も経っていない。かといって眠りなおす気にもならず、アスランは立ち上がって裾の長い軍服を形だけ羽織って廊下へと出た。
今休憩に入っているのは自分とイザークだった。勤務中とは言っても戦闘にならない限りパイロットは特にすることがなく、イザークは整備に顔を出していたようだが、自分と顔をあわせることはなかった。
しばらく考えてから廊下の1ブロック先へと半重力の体を向けた。
ドアを確かめるとロックが掛かっていたが、そんなものはアスランの前には意味を成さない。思案したのちに数桁の数字を入力するとあっけなくドアは開いてアスランは小さく苦笑した。
予想したとおりに、イザークは眠りの中だった。まじめな性格の彼は、体を休めることも軍人にとっては仕事のうちだというアカデミーでの教えのままに勤務交代の直後に眠りについたらしい。
足音を消してベッドに近づくとイザークの髪がまだ濡れていることに気がついた。同室のディアッカは今ニコルとラスティと組んでラウンジあたりでカードゲームでもしているのだろう。起き上がったままに毛布が捲くられたベッドが目に入る。
銀色の髪は暗闇の中でも目を引いた。寝苦しさからか毛布をはねあげて、そのまま寝入っている。
そっと、ベッドの脇の床に膝を衝いてアスランは顔を覗き込む。
寝ているときは普段とはまるで違うあどけない顔だった。自分が知っているのは勝負事に負けて悔しそうな顔と、人をバカにしたように笑う顔、そして熱に浮かされたように蕩けきったどこか艶っぽい顔だったが、そのどれもが感情に支配されていて、静寂といってもいいように穏やかな顔というのは新鮮だった。
「こんな顔するのか」
小さく、唇の先だけでつぶやいてアスランは改めてその顔を見た。少女のようにさえみえる顔はイザークの激しい性格とは結びつかないほどのかわいらしさが垣間見えた。
その枕に流れる銀糸の髪を掬い取ろうとしたアスランの指先でイザークは寝返りをうった。慌てて手を引っ込めるとイザークの口からか細い音が漏れる。
「・・・スラ・・・ン・・・」
思わぬ言葉にアスランは瞠目してその顔をしげしげと見つめた。起きているわけではなく確かにイザークは眠りの中にいて、そこで自分の名前を呼んだということらしい。
一体どんな夢を見ているのだろうか、とイザークの普段を思い出して考えてみるが、おそらく、また勝負を挑まれているのだろうと予想がつくと思わず小さなため息がでる。そしてそんな自分に気がついてアスランは苦く笑った。
侵食されているのは自分だけじゃなかったらしい。
眠れなくなって部屋を訪れてしまうなんて、ばかばかしいことだとは思うけれど、どうしたって人恋しい夜というのはあるわけで。そのときに思いつく相手がこの目の前の少年だというのだから、随分と深く自分の内に入り込んでいるということなのだろう。いつのまにそんなことになったのかと思っていたのだが、どうやらそれは相手にとっても同じだったようで、寝言に名前を呼ばれるとは思ってもいなかった。
「まったく・・・」
出会った場所が軍人を養成するアカデミーで、共に過ごす時間が戦艦だなんて、なんてついていないんだろうと思う。自分たちに許される自由な時間なんてほとんどなくて、だからというわけじゃないが、そうそうゆっくりと会うことすらできやしない。
けれど、出会った場所が平和なカレッジの一角だったとして、果たして自分はイザークに惹かれていたのだろうかと思うとそれも疑問だった。常に上を向いて敵への憎しみと蔑みをあらわに、感情にまっすぐにいるイザークが自分にはまぶしいと感じられるのだから、きっとこれは必要な環境だったのだと。
アスランは自分を納得させると、目の前の銀色の細い髪を一掬い指先に絡めるとその絹の輝きにそっと唇を寄せた。
もしイザークが自分と同じで眠れないでいたら、そのベッドに潜り込もうと思っていたのだが、そんな考えももう消えうせていた。
思わず聞けた彼の寝言で、充分だったから。
「おやすみ」
そっとささやいて立ち上がるとアスランはその部屋を後にする。
アスランが去った部屋の中でイザークは、廊下へと続くドアをじっと睨んでいた。彼が触れた髪の先を掴んで「ふん」と鼻を鳴らすと、寝返りをうって壁を向く。
「腰抜けが・・・襲う気がないなら部屋になんて来るな」
イザークの強がりは無機質な空気に吸い込まれて消えていった。
fin.
06/03/12