答えよりも明確なもの |
目の前で真っ赤になる顔が茹でダコみたいだなんて、自分の古典的な感想に僕は思わず吹き出した。 「な、な、な、何がっ」 何がおかしい、と続けたかったのだろう彼の言葉は、パクパクと開いた口から空気となって泳ぎ出す。何も塗っていないはずの唇の色が鮮やかなのは、茹でダコの成分が有り余っているせいかもしれない。 もしくは思い切り噛みしめたとか。 「おかしくなんてないよ。ただかわいいなぁって」 その表情を鑑賞し続けると言葉の代わりに拳が飛んできた。当然それは余裕でかわす。 「どうして、そんなことになる――ッ」 ぎゅっと手のひらを握りしめているイザークの手は力が入りすぎて真っ白だった。 「だって、イザーク美人だし」 「ふざけるなっ」 美人という言葉に反射的に飛んできた二度目の拳は左頬で甘んじて受けた。これ以上イザークの機嫌を損ねるわけにはいかないから。 それに、イザークが耐えかねてこの場から逃げ出したりしたら、僕としては立場がなくなってしまうから、それも避けたかった。 逃げ場のない鑑の中でわざわざ呼び出して告白したあげくに逃げられたなんて噂がたったらさすがに僕だって傷つくし。 ボルテールの一角に夕食後のイザークを呼び出したのは、作戦開始まであと48時間を切ったころだ。 その二時間後にイザークはいつものようにプリプリと口を尖らせながら指定の場所にやってきた。呼び出しに文句を言いながらも約束を守るのは相変わらず律儀な彼らしい行動だった。 「今がどういうときかわかってるのか、貴様は」 ようやく落ち着きを取り戻したらしいイザークは目尻が赤く染まったままの顔で睨みつけてくる。 「わかってるよ。プラントの命運をかけたG強奪作戦の前だ」 「直前だろうが」 「あぁ、そうだね」 「あぁ、って・・・、貴様っ、緊張感というものがなさすぎだ」 頬にかかった銀色の髪に見え隠れして、ピンク色の肌が膨れていく。見られていることに気がついたのかイザークは顔を背けるように強化プラスチックの窓を向いた。 景色を見るふりをして覗き込むと、そこにあるのは宇宙の漆黒に写し出された同僚でありライバルでもある少年の、戸惑いを隠さない顔だった。 「緊張感はあるつもりだよ。平時心拍の数値も上がり気味だしね」 「だったらなんでこんな……」 その先を言いよどんだのは彼のおかれた立場のせいだ。ライバルに告白されたなどという状況は受け入れられないのだろう。絶対に。 「むしろ、今だから、かな。初陣前に緊張してそれなりにいろんなこと考えて、それで言おうと思ったんだ」 自分たちに求められるのは完璧な結果だけだ。 いくら僕たちが赤を纏う立場であっても、初めての実戦を前に緊張を完璧に打ち消すことなんてできなかった。 だからどこかネジが緩んだのかもしれないと自分でも思う。 「やはり貴様は阿呆だな」 吐き捨てる真似をしてため息混じりにイザークは言う。 アカデミー時代、彼から僕に与えられた形容は、バカ、阿呆、マヌケ、ヘタレ野郎……とあげればキリがない。だけど、そのうちで阿呆は機嫌がいいときにでてくる言葉だった。 「そうかもね。イザークのことが好きだなんて、バカと阿呆とマヌケの合わせ技みたいな失態だって、ディアッカあたりに言われそうだ」 にっこりと笑ってみせると、イザークの顔が思い切りしかめられた。それでも、その顔を好きだなと思う。 「失態だとか本人の目の前で言うあたり、貴様は本物の阿呆だ」 「イザークに関しての阿呆っぷりなら否定しないよ」 それで答えは?と訊ねたら足払いを仕掛けられた。とっさに避けられたのは半重力のおかげだ。 「ひどいな」 宙返りのように捻った体を戻しながら言うと背中越しに悪態が返ってきた。 「何がだ。この状況で言う貴様のほうがよっぽどだ」 そしてイザークはその空間に何の未練もないような素振りでくるりとを踵を返す。宙にまう銀色の髪が天井灯の光を受けて波打った。 「せいぜい、失敗して足を引っ張らないようにするんだな」 軽やかに笑いながらドアの向こうに消えた背中は結局答えをくれなかった。 『僕は君が好きなんだ。君は僕のことどう思ってる?』 だけど。 彼は僕の言葉を一度として拒絶しなかったし、真っ赤な顔を見せて睨み付けたものの、そんなことになった言い訳を何も言わなかったのが何よりも明確な意思表示だろうと思う。あれがイザークなりの精一杯の答えなのだ。 だって、ライバルに先を越されて告白されてそれを認めるのは、絶対に彼のプライドが許さないだろうから。 きっと――。 またいつかその推測の真偽を確かめるために、僕は作戦に向けて気持ちを引き締め直した。 fin.
2011/04/13 -1- |