KISSING


 授業が休講になった一時限目。
 
「アスラン、ちょっと来い」

 各々が自習やら休憩やらに乗り出そうとしているのを横目に、席を立ったイザークがアスランを呼ぶとそのまま教室の外に連れ出した。

「おい、イザーク!」

 困惑したまま銀色の髪の同級生の後を着いていくと、やがて辿り着いた場所は敷地内の離れた場所にある図書館だった。
 アカデミーの、というよりはZAFTのアナログ蔵書の全てを所蔵しているそこは3階建ての独立した建物で、電子図書ではわからない古いデータに関しての調べ物がないかぎりは寄り付く人間のいない静かな場所だった。

「おい、ってば」

 後ろから名前を呼ばれても立ち止まることなくイザークはその建物に入っていく。本の虫と同室者に揶揄されるくらい本が好きなイザークにとっては勝手知ったる場所だったから、着いていくアスランを構う様子はまるでなかった。
 そのまま建物の中央にある螺旋状の古典的なデザインの階段をイザークは上がっていって、アスランはそれを追いかけるしかない。そうしてイザークがようやくアスランを振り返ったのは、3階の一番奥にある書棚の前まで来たときだった。

「イザーク?」

 棚を背に振り返ったイザークにアスランは問いかける。機嫌が悪い様子でもないが、朝からどことなく落ち着きがないというのにはアスランも気がついていた。
 すると突然イザークはアスランの制服を襟を掴むと強引に首を傾けて唇を重ねる。
 驚いて目を見開くアスランにイザークは歯列をなぞるようにして強引に熱っぽい舌を絡めてきた。
 うごめく柔らかな欲望にアスランも受け止めて応えようと、イザークの腰に腕を回すと体を引き寄せて噛み付く。奥に逃げる舌に、許さないとばかりに掬い上げて吸い付いて・・・イザークの腰ががくん、と落ちた。

「イザーク、どうしたんだ突然?」

 ねっとりと光る糸を口元で拭いながら、アスランはイザークを見ると視線の先でイザークの青い目は危険な熱を帯びて自分を見ていた。

「声がでかいぞ、貴様」

 咎めるような言い方にアスランは振り返る振りをしながら肩をすくめる。

「人なんて誰もいないと思うけど・・・。きみだって人目のないところに来たかったからここへ来たんだろう?」

 アスランの指摘にイザークはちっと舌打ちをして書棚の壁によりかかる。

「それにしたって唐突すぎるんじゃないか?」

 イザークに引っ張られホックの外れた襟をあけ広げながらアスランは言う。キスをしてくることに不満はないけれど、こっちにだって心の準備があるというものだ。

「ディアッカが」

 イザークがぼそりと小さな声で同室者の名前を呼んで、続きを促すようにアスランはエメラルドグリーンの瞳を向ける。

「あいつ、朝帰りだったんだ」

 ディアッカの遊び人っぷりはアカデミーでも周知の事実で、それを聞いたところでアスランは今さらという感想を抱く程度だ。

「それでよくきみと同室でいられるよな」

 規則に厳しいイザークが外泊を黙認しているということの方がどちらかというとアスランには驚きだった。

「消灯前の点呼に在室していれば、あとは消えてもルール違反じゃない、とあいつが言ったからな」

 違反行為もスレスレの屁理屈ではあったが、イザークのようなルールにうるさい人間を黙らせるには逆にその方が効果的なのかもしれない、とアスランは思う。その辺がディアッカの狡猾さなのだろう。

「それで?」

 それがどうやったら唐突なイザークのキスにつながるのだろうかとアスランはつながりが見えなくて早く先を知りたがった。

「あいつ、口紅をつけて帰ってきた。目立つところにキスマークも・・・。はっきり言って不愉快だ。共同の部屋に戻るなら、そういう・・・名残みたいなもんは消すのがマナーってもんだろう!」

 そこまで聞いて、アスランは納得した。
 要するにイザークは他人の情事の跡を見せ付けられて、悶々としていたというわけだ。それが休講になったのを好機に抑え切れなくなってこうして図書館にまで連れてきて無理やりにキスをした、と。

「それで、俺にキスしたくなったというわけか、嬉しいね」

 無表情のアスランが口の端を上げて笑う。その顔にイザークは悔しさともどかしさの入り混じった複雑な顔をする。

「でも、そんなことされると俺はこのままじゃいられなくなるんだけどな・・・据え膳喰わぬは何とかって」

 くすりと笑ってイザークの頬にアスランは手を添える。それに銀の髪を震わせてイザークはびくり、と青い目でアスランを見た。

「それは許さん。そんなつもりなら俺は今すぐ帰る・・・っ」

 強気に言ったイザークだったが、その手首はすっかりアスランに掴まれてしまっている。

「冗談だよ。この場所で君を抱いたら楽しそうだけど、さすがに貴重な蔵書を汚すわけにもいかないし・・・後始末だってできないからね」

 銀色の髪をまっすぐに梳いて、その白い頬にアスランは唇を寄せる。
 チュッと音を立ててキスをすると、イザークの肌がざわざわと粟立つのがわかった。

「でも、キスだけで止めさせるなんて、結構酷いと思わないか?」

 アスランが問いかけるとイザークは何も言わずに睨んだだけだ。

「・・・授業が終わったら相手してやる」

 そう告げると同時に苛立ったイザークがアスランにキスをする。貪りつくような荒々しい口付けにアスランはゆっくりと満足そうに目を細めて笑うとイザークの顎を押さえ込んで告げた。

「それは楽しみだな」

 深く喰い合うようなキスの応酬に、いやらしい水の音が静かな図書館に響いた。
 イザークはしがみつくように抱きついて、アスランは細い腰を抱き寄せる。
 
 熱っぽいキスの嵐はまだ止みそうになかった。


fin.



06/02/09