君の瞳のブルー

 毎朝の日課になっているメールのチェック。
 大したものは届いていないだろうと思って、分割した画面の半分にニュース画面を流しながら受信ボタンを押す。
 すると、予想もしなかったメールが飛び込んできた。
 重要扱いのそれは懐かしい名前の差出人からだった。


『新しいアドレスで送ったら受信拒否されたぞ、どうなってるんだ。
 受信限定してるのか、貴様らしいが。
 メールアドレスが変わったから念のため知らせておく。
 貴様からメールが来るとは思わないがな。
 次から俺のメールを拒否したら許さんぞ。受信リストに入れておけ。
 俺の所属が変わることになった。知らせることでもないが、アドレス変更の理由はそれだ。
 貴様が何をしているのかは知らんが、こっちはこっちでうまくいっている。
 こっちにくることがあったら連絡ぐらい寄越せ
 Yzak Jule』


 そうして添付されているファイルを開くと現れたのは、白い軍服を着たイザークの姿だった。

「昇進・・・したのか・・・」

 真っ白い軍服を身に纏ったイザークは、肌の白さと銀色の髪のせいで、以前よりもずっと白く見える。
 赤は赤で彼の激しさに似合っている気がしたけれど、白もまたよく似合う。

「けど、イザークが隊長・・・?」

 想像すると何だかおかしくて笑いそうになる。
 確かに能力は充分にあるし、先の大戦で損失の大きかったZAFTにとってイザークをそのままにしておくよりは有効な人事なのだろうけど。あの直情的な性格で隊長が務まるのだろうかと少し心配にさえなった。
 彼はまっすぐすぎるからストッパーになる存在が必要だと思う。今までは上官がそれだったはずで、実際、暴走しそうになるイザークをクルーゼは止めていた。オーブに潜入したときは俺が隊長という立場だったから言うことを聞いていたが、上官という立場じゃなかったら言うことなど聞かずに感情のままに作戦を失敗させていたかもしれない。
 そんなことを考えて他のメールをチェックしようと画面を切り替えると、直後に同じ差出人からのメールがあった。



『追伸 
 ディアッカが俺の副官になった。アイツは降格されたから俺の部下だ。
 貴様はあれこれいらん心配をしてるだろうが、そんなものは不要だ。』


 それを読んで俺は表情が緩んだ。
 俺が心配するだろうことを見越して、わざわざ追伸を送ってくるイザークは一体どんな顔をしているのだろうと想像すると笑いそうになる。
 確かにディアッカが副官というのなら、彼がストッパーになるだろう。付き合いが長い分、性格も理解しているだろうし、飄々として見えるが彼はクルーゼ隊で一番的確な判断ができるやつかもしれなかった。AAに投降した判断はナチュラルを激しく見下していた彼の一面から考えると冷静で優秀なザフトレッドらしいと言えるし、AAと合流してからの彼はいろんなものを見ている分、成長しているだろうから。
 そう思ってもう一度イザークの写真を開く。
 どうやらプライベートで撮ったらしい写真は、イザークの表情が微妙に柔らかいように思えるから、ディアッカあたりがシャッターを押したのだろうか。
 こんなイザークの傍にいられるディアッカを少しうらやましいと思ってしまう。


 パソコンを閉じて広いテラスに出ると目の前に広がる青い海が目に入る。水平線を境にして海に映る空もプラントのものとは違うどこまでも果てのない本物の空の青だった。
 オーブにくれば、イザークと離れれば彼のことを忘れられると思っていた。
 もうプラントに戻ることができないだろうから、イザークがZAFTに残ると決めた以上、俺たちは離れ離れになるしかなかったから。
 でも、この空の青さがイザークを思い出させる。
 彼のあの青い瞳にそっくりで。いや、イザークの瞳が空の色に似ているのかもしれない。
 イザーク―――。
 ふと空を見上げると君の瞳のブルーがあって、そのたびに俺は、君が好きだということを実感するんだ。
 もう、あの青い瞳を間近で見つめることもないのかもしれないと思うと少し切ないけれど。
 俺が近くにいるときみの邪魔になってしまうだろうから、傍にはいられないけれど。
 君が幸せならば、幸せになってくれるなら、少しくらいの切なさなら我慢できるかもしれない。
 今、俺にできることはただ祈ることだけだけれど。
 いつか、白い軍服を着たきみをこの手に抱きしめてみたいよ―――。


「何してるんだ、アスラン・・・?」

 物思いにふけっていた俺に、この屋敷の主であるカガリが声をかけてきた。今日も朝から閣議があるらしく忙しそうにしている。

「あぁ、おはよう、カガリ」

 そう答えながらテラスから部屋の中に戻ろうとすると、ふわり、と風が吹いて緩く髪を巻き上げた。

「イザーク・・・?」

 見上げた空は何も答えなかったけれど、高く晴れ渡っていた。


 席に着いた俺は、カガリと会話をしながらメールソフトを立ち上げて新しく一通のメールを書き始める。
 アドレス帳から選んだあて先は、イザーク・ジュール。
 そして本文を短く記入して俺は送信ボタンを押した。


『昇進おめでとう、白もよく似合うね。 
 イザーク
 一度くらいオーブに来てみないか?
 きみにこの空の青さを見せてあげたいんだ』
 



fin.



06/01/31