「ディアッカ、入るよ?」
修理してもらいたいものがある、とアスランは部屋に呼ばれたのだが呼び出した本人の姿はなかった。
ドアを開けるとそこには思わぬ姿の住人の片割れ。
ベッドの上で、本を読んでいたらしく開いたままの本を脇においたまま居眠りをしているらしかった。かすかに上下する胸とさらりと流れる髪が無防備さをあらわしていた。
珍しい姿だった。
いつもぎゃんぎゃんと喚いているか、勝ち誇っているか、とにかく存在感に事欠かない少年は、寝ているとまるで人形のようだ。
いつもはどちらかというと近寄りたくない存在だが、こうしておとなしいと逆に近寄りたくなる。
黙っていれば文句なしに綺麗なのだ。その辺の女生徒なんかよりずっと肌は白いし、髪の毛だってさらさらと魅力的だし。きっとドレスで着飾って座っていれば、パーティー会場ではダンスの申し込みが絶えないだろうと予想が簡単につくくらいに。
そっと気配を消してアスランはベッドに近づいた。
イザークは起きる気配はない。
そのまま床に膝を突いて覗き込むようにその顔に近づいてみる。
やっぱり綺麗だった。
あのサファイアブルーの瞳が見えないのが惜しいくらいに。
ふと思い立ってアスランはその手をイザークへと伸ばした。
ついっと肌に触れるぎりぎりに指を留めて、無意識に息を押し殺す。
その、壊れそうな人形を大事に大事にして、でも触れてみたくて。
まるでアルビノかと思うほど透けるように肌は白い。なのに誰よりも血の気は多くて、それがやっかいだと誰もがみんな思っている。アスランも例外ではなかったが、でも周りのみんなが思うほどイザークを嫌ってはいなかった。
だってイザークはきれいだったから。
そっと儚い雪の結晶にでも触れるかのように、その銀色の髪を掬いあげた。
それはサラリとして指先をやわらかく滑らかにすべり落ちた。まるで作り物のようにまっすぐで彼の性格そのものを表しているかのようで思わず笑いそうになる。
指先に残った数本の髪を確かめるようにしてそっと唇を寄せようとしたときだった。
パチリ、とサファイアブルーの瞳が現れてエメラルドの瞳と目が合った。その瞬間にアスランの手首はつかまれている。
「何をしている?!」
厳しく問い詰める瞳に、アスランは一瞬しまった、という表情をしてみせるとそのままイザークに笑いかける。
「綺麗なものがあったから、つい触ってみたくなった」
そしてそのまま空いているほうの手でイザークの額にかかった髪をかきあげた。形のよい額が露になって、白い頬にさっと赤みが差す。
それは自然な行動だった。
気づけばアスランはその額に自らの唇を押し当てて、いた。
はっとしたのは、口付けをした方もされた方も一緒だった。
「なっ」
「ごめんっ」
絡み合う視線を無理やりに引き剥がして互いにそっぽを向きながらたちまちに距離をとる。
壁際まで遠ざかってから言い訳をするようにアスランは事情を説明した。
「ディアッカに見てもらいたいものがあるから、と部屋に来るように言われたんだ」
当の本人はまだ部屋に戻っていなくて、そこにたまたま寝ていたイザークがいただけだ、と言って見るものの、それだけじゃどうにも今の自分の行動は説明できそうになかった。
「だからって貴様・・・」
赤くなった顔を隠そうともせず、半身を起こしながらイザークは睨み付けてくる。
「うん、わかってる。だからごめん」
妙に素直な反応に逆にイザークは戸惑う。アスランならいつものようにと澄ましきって知らん顔でもするかと思ったのに。
「で、出てけっ!」
手近にあった枕を投げつけてイザークは声を上げた。いつまでもこんなところにいられるなんて冗談じゃなかった。
これ以上自分の鼓動が早くならないうちに目の前から消えて欲しい。
アスランの背中がドアから消えてイザークは体から力が抜け落ちた。同時に前髪に隠れた額がやけに熱く感じる。
間近で見えた翡翠の目を思い出して、ぶんぶんと首を振ってみる。
なんだったんだ、とわけがわからないまま。
「あ、アスラン! 悪りぃ、ちょっとミゲルにつかまっててさぁ」
部屋を出たアスランは廊下で依頼主に出会った。
「しばらく君の部屋には近づけないから、その品物を俺の部屋へ持ってきてくれないか。そうしたら直すから」
「近づけないって? え、おい・・・」
聞き返すディアッカにアスランは苦笑してみせる。
「眠り姫を怒らせてしまったから」
そう言って背中を向けると自分の部屋へと歩き出す。
さらさらとした髪の手触りと、ひんやりとした額の感触が生々しく自分を捕らえているのがわかって自然と笑みがこぼれる。
「あれはイヴのリンゴかな」
手を触れてはいけない禁断の果実。
それにもっと触れたくなってしまったことを隠そうともせずに、アスランは不思議なほどさわやかに笑っていた。
fin.
2006/04/28
アスイザ好きさんに28のお題
NO.2 「触れてみる」