xmas memory



 サラサラの銀色の髪をドライヤーで乾かし終わったイザークをディアッカは子供用には大きすぎるベッドの上で待っていた。
 着ているのはお泊り用に借りたイザークのパジャマで、枕もちゃんと二つ用意されている。
 洗面所の決まった場所にきちんとドライヤーをしまってからイザークは幼馴染の待っているベッドルームに駆け込んでくる。
「遅いよぉ、イザぁ」
 すっかり待ちくたびれたディアッカは眠りそうになるのを必死に我慢していたから、口調もとげとげしくなる。
「お前と違って俺は乾かさないと寝られないんだから、仕方ないんだ!」
 一緒にお風呂に入って同時に上がったのに、ディアッカはもう15分もイザークを待っていた。少しくらい濡れていたって関係ないとディアッカは思うのに、イザークは母親の言いつけをきちんと守ろうと最後の一本が乾くまでドライヤーを置こうとしないのだ。
「早く寝ようよ。じゃないとプレゼントがもらえなくなっちゃうよ」
 急かすディアッカにイザークは机の上に置いてあったものを取ってからベッドの上に飛び乗った。わくわくする気持ちを隠しもせずイザークはそれを広げてみせる。
「・・・イザって欲張りだ」
 自分が用意した靴下よりずっと大きなサイズのそれを見せられて、ディアッカはいじけるように言った。
「ふん、俺のは母上が作ってくれたんだぞ。明日の朝になるとこれにたくさんプレゼントが入ってるんだぞ」
 自分がすっぽりと入ってしまいそうな大きさの赤と白の毛糸で出来た靴下を抱えて、イザークは得意げに言う。二人が向かい合って座っているベッドの枕元には大きなもみの木が飾り付けられて置かれていた。
「去年のオレのプレゼントは自転車だったんだ。イザは?」
 12月24日。
 ジュール家のクリスマスディナーにディアッカは招待されて、そのままイザークの部屋のベッドにもぐりこんでいる。お泊りの許可が出たときからイザークもディアッカもこの日をとても楽しみにしていた。
 クリスマスっていうだけでも楽しいのに、友達と一緒に寝られるなんてなおさら特別だ。
 小さな二人は興奮してとてもすぐには眠れそうになかった。
「えっと、欲しかった本とお菓子とそれとゲームソフトと・・・」
 指折り数えるイザークにディアッカはまた悔しそうな顔になった。
「イザばっかりずるい」
 目の前の女の子みたいな少年は、いつも何でも持っているのだ。きれいな髪だって白い肌だってうらやましいと思うのに、プレゼントだって一つじゃないなんてどこまでもずるいとディアッカは思う。
「オレのせいじゃないぞ。サンタクロースがくれるんだから」
 ばつが悪くなったイザークは慌てて言う。
「じゃあ、明日イザにプレゼントがたくさんあったらオレにもくれる?」
 ディアッカは思いついてそんなことを言ってみた。
「・・・いいぞ、お前にならやる」
 本当はイザークだって全部欲しいけど、ディアッカが一つしかなかったらかわいそうだと思ったのだ。
「ほんと?絶対だよ?!」
 自分のパジャマを着てすぐ隣にいる幼馴染が嬉しそうな顔になってイザークは何だか気分が良かった。
「約束してやる」
 威張ってイザークが言うとディアッカは喜んでイザークに飛びついた。
「やったー! イザっていい奴だな」
「わっ、苦しいっ、こら・・・ディアぁ・・・っ」
 ぎゅううっと抱きしめられたイザークは手足をバタバタとして抵抗してみせる。その腕が見事にディアッカの脇腹にヒットした。
「・・・いってぇ」
「えっ、大丈夫かっ」
 腹を抱えてうずくまるディアッカにイザークは慌てて顔を覗き込む。するとディアッカは「なーんて嘘だよ」と笑いながらおどけてみせた。
「お前―っ」
 本気で心配したんだぞ、とディアッカの上に馬乗りになるイザークに今度はディアッカがジタバタとなる。
 力一杯抵抗していると上下が入れ替わってイザークの上にディアッカが跨る格好になった。だがイザークもそれをいいことに痛がってみせた。
「痛いっ」
 やりすぎたと反省したディアッカが急いで手を止めてそのままイザークを心配し、様子を見るように顔を近づける。その視線の先でイザークはキレイな青い目を器用にウインクしてみせた。
「嘘に決まってるだろ! ディアがおどろかしたからお返しだっ」
 へへへへ、と笑うイザークにディアッカが思い切り脱力して「ひでー」とそのままイザークの上に倒れこんだ。
 その瞬間、ディアッカはなにかとてもいい香りがした気がした。
「ケーキのにおいがする」
 そんなことを突然言い出した幼馴染にイザークは不思議そうな顔をする。
「ケーキなんかないぞ、お前何言ってるんだ?」
「でも、いいにおいがしたんだもん、ほんとだよ」
 否定したイザークにディアッカはムキになって答える。けれど、イザークは鼻をくんくんとさせてみてもクリームの匂いなんて何もしなくて余計に不思議に思うだけだった。
「俺にはわかんないぞ、そんなの」
 少し悔しそうに言うイザークに、何とかわからせたくてディアッカは必死に匂いの元を探ろうとそこら中で匂いをかいで鼻をあちこちに向けてみる。
 そしてその正体がわかったとたんにディアッカは「あー」と大きな声を上げた。
「なんだ、どしたんだ、ディア?」
 自分だけ置いてけぼりを食らうのは嫌だ、とばかりにイザークは懸命に聞いてくる。けれど、ディアッカは嬉しそうに笑ってるだけだった。
「何だよ、俺にも教えろ」
「へへへ、教えてほしい?」
「意地悪してないで、早く教えろ」
 気の短い幼馴染は噛み付きそうな勢いで金髪の少年を問い詰める。
「ケーキじゃなかった。けど、すっごくいいにおい」
「なんだ、ケーキじゃないのか。お前間違えたんだ。でも、いいにおいって何だ、言えよ」
 するとディアッカは羽毛布団の上に座り込んでいたイザークにぎゅっと抱きついた。
「うわ、なんだよ、何するんだ?!」
 わけがわからずに暴れようとするイザークにディアッカは笑いながら答えを教える。
「いいにおい、イザの髪の毛の匂いだった。甘くて食べちゃいたい匂いだ」
 くんくん、と銀色の髪の毛に鼻先をうずめながらディアッカは言う。するとイザークは思い当たる節があるのか納得したように目を大きく開いた。
「あぁ、そうか。今日は母上のシャンプーを使ったんだ。ディアと寝るからいい匂いのやつがいいと思って」
 いつもはお子様用の目に入っても痛くないのを使っているけど、今日はディアッカがいるからとイザークは少しだけ背伸びしたくて母親ご愛用の品をこっそりと使ったのだ。
「そんなにいい匂いか? 俺にはわかんないぞ」
 くんくん、と自分で匂いをかいでみても上手くかげないのかイザークにはいまいちわからない。
「うん、いい匂い。ねぇ、このまま寝ようよ。イザがいい匂いだから・・・オレずっと・・・傍で寝たい・・・」
 急に睡魔に襲われたディアッカはとろんとした目になりながらイザークに言う。
 するとイザークも目を擦りながら「わかった」と頷いた。
 そして。
 小さな金と銀は布団の中で抱き合いながら眠りについた。いつもは寝相が悪いイザークが不思議と大人しく抱きつかれたままでいる様子に、プレゼントを持ってきた母親が驚いて、けれど優しく微笑んだ。

 翌朝、二人の枕元の靴下には溢れんばかりのプレゼントがあったのは言うまでもない。もちろん、ディアッカにもイザークと同じだけのプレゼントがあって、イザークがちょっとだけほっとしたのもここだけの話。