強い人
「イザークが強い人だって?」
シホと飯を食いながら話をしていたらそんな言葉が出てきた。
『強い人』
黒髪の少女は憧憬を込めてイザークのことをそう評した。
彼女だけの特別な評価じゃない。世間一般的にはそれがイザーク・ジュールに対する大半の意見だろう。
イザークの歩いてきた道筋や、彼の姿勢をみていればそれも当然だった。エリートとして生まれ、エリートとして道を選び、未だに彼について回る特別な人間としてのイメージ。
イザークはあえて否定することはないけれど、エリートであろうと思っていたのは赤い服を着ていた頃の話だ。
今のイザークは、自分に出来ることをする、というスタンスに変わっている。
表面的には変わらないから知る人は少ないけれど、近くで見ているオレにはわかる。
以前は取り合わなかった裏方としての仕事や、アカデミーでの特別講師の仕事だって進んで受ける。自分の経験が役に立つなら、一時期の自分のような上を向く以外に興味を持たないような間違った-----そう自分で言ったのだ------エリートを作り出さないために、ザフトのためにできることならば、何でもする、と。
その一方でイザークは強くなんかない。
イザークはあの戦争をザフトの側の最前線で戦った一人だ。
いろいろと感じただろうイザークは、戦後の一時期ストレスから体重が激減した。
強い人間ならば、見たこと、感じたことで体調を崩すなんてしないだろう。
それに。
「イザークは強い人なんかじゃないよ。強くあろうとしてるんだ」
そう。
イザークは強くありたいと常に思っている。
だから、ときどき弱音を吐く。オレに。
自分はこれでいいのだろうか、と。立っている場所を確かめるように、オレに聞くんだ。『自分でときどきわからなくなる。だからお前がちゃんと見ててくれ』と。
強い人であろうとするイザークは強くなんかない。
だけど、イザークはやっぱり強い人だと思う。
ちゃんと自分が弱いことを認めているから。弱い自分を受け入れられる人間は、それを認められない人間よりも、きっとずっと強い。
そしてイザークがそんな人だから、オレは惹かれるんだと思う。
強い人であろうとし続けるイザークに、素直に人として、すごいな、と思うから。
「でも、隊長はやっぱり強い人だと思います」
シホの言う『強い』が何をさして言うのかははっきりしないし、確かにイザークは弱い人間じゃないから強く否定する必要もないだろうけど。
そしてイザークは自分を慕う部下の理想を壊すことは好まないだろうからオレは黙ったまま曖昧に頷いた。
強い人でも、強くあろうとしてる人でも。
オレの前でだけ見せる弱い顔は誰も知らなくていいことだから。
イザークが人の前では強くあり続けるように、オレは傍にいるんだからね、と。
遅れてテーブルにやってきた白い服のその人にだけ聞こえるように心の中でささやいた。