背中を預けて


 寝返りを打ったディアッカは目の前に人影があることに気がついて、目を開けた。
 人影といってもその人物は一人しかいない。
「なに、寝られないの?」
 のっそりと起き上がりながら、ディアッカのベッドに並べるように置かれたイスに座っているイザークの顔を覗き込む。
「ああ、なんかな」
 昨日まで一週間、フルタイムの演習プログラムだった。演習を終えた昨日の夜はお互いにベッドに吸い込まれるようにして眠りに就いた、と思っていたのだが・・・。
 どうやらイザークは眠れなかったらしい。
 だからといってイスを持ってきて横に座ってるくらいなら、ベッドに潜り込んでくればいいのに、とディアッカは苦笑した。
「入れよ」 
 言って布団を持ち上げる。
「いいのか?」
 遠慮がちにイザークは言った。何を今更と思いつつディアッカは頷く。それを見てイザークはゆっくりと体を滑り込ませてきた。
 背中を向けてぴったりと体を寄せてくるイザークにディアッカは驚きつつ、その背中を抱きしめる。
「背中・・・」
 ふいにイザークが口にした。ディアッカはそれに耳を傾ける。
「ん?」
「背中を抱かれるとなんだかほっとするんだ・・・」
 その声が心底安堵したような心地でディアッカは微笑した。エース候補生ともあろう人がそういうことを簡単に口にしちゃいけないでしょーとは思いつつ、背中を預けてもらえる自分の特別な関係に優越感を禁じえなくて、ただそっとイザークの肩に自分の顎をうずめる。
「戦闘でも背後を取られるのは負けを意味するけど、動物もそうなんだよね」
 突然語りだしたディアッカに振り返らずにイザークは聞き返す。
「動物?」
「そ。犬って背中を触られるのを嫌がるんだぜ。逆に遊びながらでも背中に犬を乗せたりするとその人間を部下だとみなすんだって。
だから、背中をとられるっていうのは、服従の意味があるんだ」
 ふぅんとイザークはおとなしく聞いている。
「でね、人間はどうなのかなぁとか思わない?」
「そ、それはっ・・・」
 そこでやっとディアッカの言おうとしていることを察してイザークが腕の中から逃げ出そうとする。 
「だーめっ。離さないって」
 楽しげに言いながらディアッカは耳元でささやく。
「人間はさ、無防備な背中だから信用できる相手にしか触れさせたくない場所らしいよ?」
 本当かどうか疑わしいと思いつつも、服従と言われなかったことにイザークはほっとした。と同時に自分がディアッカにまっさきに背中を預けたことを思い出し顔が赤くなる。
 無防備な背中・・・確かにこれほど無防備な場所もない。でも、自分はいつの頃からか背中を抱かれて眠るのが気持ちいいと思うようになった。
 ディアッカの暖かい体に包まれるように体温が伝わって、自分は体を丸めるような態勢でウトウトと眠りに就くのが、
なんだかとても幸せで・・・・・・。
「オレもね、イザークの背中抱くのは嫌いじゃないけど」
 イザークの思考を中断させるようにディアッカは言った。
「でも不満があるんだよねー、この態勢」
「不満?」
 聞き返すイザークを抱き寄せるように力を込めてディアッカは続ける。
「そ。だってこの態勢だとイザークの顔見えないし、キスできないじゃん」
 けれど、言いながらディアッカの口付けは襟足へと降っていく。
「してるだろ、ばか!」
「やだ、口がいい。舌を絡めるキスがいい」
「キスなんかいつでもできるだろっ。背中なんて寝るときしか抱かせないんだから、おとなしくしてろっ」
 遠慮しながら入ってきたのに、いつのまにかずいぶん偉そうなイザークの口調にディアッカはくすくすと笑った。
「何がおかしいっ?」
「いーや、イザークだなと思って」
「なんなんだそれは」
 ディアッカはそれには答えないで、もう一度イザークの細い体を抱きしめた。
「とりあえず、今日のところはお姫様のご要望のとおりに抱っこして寝ますか?」
「だ、抱っこって・・・お前っ」
 抵抗しようとするイザークを脚まで絡ませて捕獲する。
「こうしないとイザーク眠れないでしょ? 明日もあるんだし寝とかないときついよ?」
 そう言われてイザークは黙り込んだが、次の瞬間力の抜けたディアッカの腕から抜け出ると、振り向いてその唇に短いキスを押し付けた。
「朝までの間借り代だ」
 言うとすぐに元の場所に収まる。ディアッカはニヤニヤする頬をイザークの肩にうずめて耳元にキスをしてささやいた。
「おはようのキスは熱―いのを返してやるよ」
 それに対するイザークの答えは否定とも肯定ともとれるあいまいな、けれどいつもどおりの言葉だった。
「ふんっ」

 

END

2005/3/9 






あとがき
背中ハグってなんか好きなので。
正面からハグするより、ラブ度が高い気がします
お姫様抱っこはまだ実現してませんが、
抱っこされるイザークってきっとかわいいよな、と思いながら書いてました


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