straight


「ふっ、お前の負けだなディアッカ」
「〜〜〜っ」
 悔しそうな顔をしているディアッカにイザークは楽しそうに笑った。
「約束は絶対だぞ」
「わーったよ、一週間だろ、いいよ、それくらい」

「あら珍しいわね、いつもより早めじゃない?」
 行きつけのヘアサロンにディアッカが姿を現して店員の女性が声をかけた。エリート学校といわれている幼年学校の制服を着ているディアッカはそれだけで目立つのだが、その容姿と大人びた雰囲気のおかげで店員とも親しくなっていた。
「ちょっと面倒なことになってさ」
「面倒?」
 案内された席に座りながらディアッカが零れ落ちているクセ毛をつまんで言った。
「ストレートヘアにして欲しいんだ・・・」
「えっ?」
 店員は驚いてディアッカを鏡越しに見る。
「ちょっとしたゲームに負けちゃってさ」
 言ってディアッカははぁーとため息をつきながら苦笑した。店の外でイザークが待ち構えているのが見えたからだ。

 ディアッカは、イザークの髪をうらやましがった。ストレートがいいよね、手入れが簡単だよね、と。そこまではまだ良かった。だが、それに比べて自分のクセ毛はどうにかならないものかとぶつぶつ言っていたのを聞いて怒り出した。ディアッカにしてみれば軽い話題のつもりだったのに、そこまでイザークが怒るとは思ってもいなかったからあっけに取られて、そして相変わらず理不尽な言い方をするイザークにいい加減にしてほしいと思った。
 イザークはディアッカのクセ毛が好きだった。ヒヨコみたいだと思ったときもあったけれど、自分の髪とは正反対で柔らかい色合いと毛質が自分にはどうしても手に入らないだけに、うらやましいと思っていた。だけどそんなことを口にしたことはない。なのにアイツときたら、イザークの髪の毛は好きだとばかり言うから、なんだか頭に来たのだ。自分の持っているものの良さを思い知れと。だからゲームをしようと提案した。
 イザークが負ければディアッカの希望するように髪の毛を切る、ディアッカが負ければクセを落としてストレートにする、そういうゲームだった。
 その結果二人は勝負することになった。と言ってもコイントスだけでトスをさせられたのは関係ないクラスメイトでそれがどんな意味を持っているのかなんて知りもしなかったから、当人は次の日に驚きまくるのだが。

 時間つぶしに図書館に寄ったイザークが店の前に戻るとちょうどディアッカが店から出てくるところだった。
 イザークはディアッカを思いきり笑ってやろうと思っていた。あのディアッカがサラサラなストレートヘアで真ん中分けにでもしていたらさぞ面白いだろうと思ったのだ。想像も付かないがそれだけに似合わない加減もすごいだろうと。けれどその思惑はあっけなく外れる。
 ありがとうございましたー、という店員の声を背にディアッカが店から出てきた。イザークはそれを見ると言葉を失った。思い切り笑おうと思っていた口はぽかんと間抜けに開いたまま、目をぱちくりとさせてしまった。
 ディアッカはたしかにストレートヘアになっていた。だがイザークの想像していたものとはだいぶ違った。イザークのように何も手を加えないというわけではなく、ヘアワックスでところどころを形作っていて、流れと動きがあるスタイルになっていた。
 それが酷くディアッカに似合っていた。クセ毛を無造作に上げた髪形も似合うが、前髪を下ろして動きあるスタイルもすんなりと馴染んでいるのだ。
「どう?」
悔しいがディアッカはハンサムだ、とイザークは思った。どんな髪型だって似合ってしまうのはもともとの造作がいいからだ。
「ど、どうって・・・」
 聞かれたイザークは何もいえなかった。笑ってやることも褒めてやることも。
「約束どおり、ストレートにしたけど」
「そんなの見ればわかる」
 そっけなく言うがイザークの顔が赤いのはディアッカにもわかった。ニヤニヤ笑いながらイザークの顔を覗き込む。
「長さがないからイザークみたいな髪型はできないでしょ、さすがに」
 イザークの思惑を読んだように意地悪く言って、整えられた毛先をつまむ。
「あ、当たり前だ!」
 そう声を上げるがイザークはディアッカの顔を見ようとしない。
「なんだよ、見てくれないわけ?」
 せっかく男前になったっていうのに。おどけてディアッカは言うがイザークはそれどころじゃなかった。自分の顔がこれ以上赤くならないように抑えるのに必死だったのだ。笑ってやるつもりがこれじゃ自分が笑われてしまう。
「見た、さっきもう見た。だからもうくっつくな」
 ぐいっとディアッカの体を突き飛ばしてイザークは走って逃げてしまう。
「なんだよ、イザークのやつ」
 罰ゲームだと息巻いて人のことを連れてきたというのに、言うとおりにしたとなったら脱兎のごとく逃げ出してしまった。けれどディアッカの顔は笑いが収まらない。しっかりと見たのだ。 店を出てきたときの自分をみたイザークの表情を。まるで一目ぼれして恋に落ちた少女のようにポーッとした顔で見とれていたのだから。
「結局、イザークってオレのこと好きなんだよな」
 くすりと笑うとディアッカはショウウインドウに移った自分の姿を改めてみた。生まれたときからクセ毛だったからなんだか違和感があるが、確かに悪くはないと思う。新鮮だといえば新鮮だし、このまま女を引っ掛けにいったら10人くらいすぐに釣れそうなルックスだった。
「イザークが惚れ直したっていうならまぁいっか」
 罰ゲームなんて面倒くさいし、イザークの言いなりになるのはわがままに拍車をかけるだけだからあまりしたくないのだが、それなりの結果が得られるというのなら話は別だった。
 そうしてディアッカはイザークを追って歩き出す。
 風が吹いてその髪をふわりと持ち上げた。その感覚が何だか新鮮でディアッカは笑うと早足になる。
 結局自分はイザークが好きなのだ。イザークが自分を好きなのと同じように。
 そんな簡単なことに気がついて、ディアッカは何だか得した気分になった。

 そして。
 イザークを掴まえたディアッカは、会うなりぐしゃぐしゃと髪の毛を一通り崩されて、ようやく目を合わせてもらえたのだった。


2005/10/22