じれったいキス どうして、この男なのだろう。 ベッドの上で自分を抱き上げて、褐色の指先で銀の髪を耳にかける仕草すら当たり前のように馴染んでしまった。 これから先にすることなんて、もう数え切れないくらい繰り返しているというのに。 それでも。 その唇が自分の頬にほんの少し触れただけで、まるで火種でも埋め込まれたように体に熱が灯るのを止められない。 いつのまにか、一番近くにいた存在は一番大事な存在へ変わっていき、愛おしいという感情を知った。 別にコイツじゃなくても、よかったはずなのに。 考えに囚われているイザークに気づいたディアッカは、構わずに唇で柔らかく肌を、辿る。 頬からこめかみに、閉じられる目蓋に。 優しく触れて離すだけの口付けを。 掬い取った銀色の絹の輝きに、鼻先ごとうずめるキスを。 何度触れても、抱きしめても、枯れることのない想いを、どうしたら伝えられるのだろうと思いながら、その全てをキスのヴェールで包み込んで誰にも触れさせたくないというように、幾度も甘く口付ける。 ただ、唇にだけは触れないように、ディアッカはひたすらに繰り返して。 首筋を降りていく唇がねっとりと粘膜の糸を引いた。 イザークの口がわずかに開いて、呼吸だけが漏れる。 ゴクリ、と嚥下した拍子に白く喉仏が大きく動いた。ディアッカはそこすら吸い寄せてみせる。 褐色の手のひらはすでにインナーの裾から侵入して筋肉の谷間の骨をなぞるように上下し、それに飽きたのか脇腹をさすっている。そしていつ前面へ侵略をしようかと伺うようにうごめいて、触れられた面積の全てが温度を上げてイザークを溶かし始めていた。 目がぎゅっと閉じられて、背中に回された腕に力が込められるのを感じたディアッカは、その手を解いて白い指先を持ち上げる。 ふいの動きに蒼い瞳が現れると、悪戯っぽく微笑んで指先へと唇が触れる。それは細い指の一つ一つに、辛うじて触れる程度に。 びくり、と反射的に指を引いた自分にイザークの頬は赤く染まる。その顔を見上げた紫の瞳は満足そうに細められた。 今日のディアッカはキスをとことん楽しむつもりらしい。イザークが敏感だということを楽しんでいる節があるのは知っているが、こんなふうにされるのには正直慣れていない。じわじわと外堀から埋めていくようなやり方はイザークの性格には合わないから、滅多にこんなことはしないのだ。 それでも。 緩く、甘い感覚が染みるように広がるのは心地よかったし、たまにはこういうことをしてみるのも悪くはないと思っているから、ディアッカのするがままにまかせているのだ。 「シャツ、脱ぐ?」 腕が離れたのをきっかけにディアッカが言ってイザークは無言でインナーを脱ぐ。 白い肌を目の前にディアッカは微笑むとその体をシーツへと沈ませた。 そして再開する柔らかな愛撫。 くるりとイザークを裏返すとその体をかき抱いて、わざとらしくチュッと音を立てて肩甲骨のあたりに触れる。 びくり、と不本意にも体が揺れてイザークの髪が散る。 それには気づかない振りをしてディアッカは舌先でつぅと白い背中に円を描く。 くぐもった息が鼻から抜けて、シーツを掴もうと白い手が糊のきいたコットンの上を滑った。 晒された項についばむように吸い付けば、幾筋もの襞が折りたたまれて手のひらにぎゅっと握られる。 そこまでしても、声を上げようとしないイザークにディアッカはじれったさを感じた。 とっとと啼いてくれたらいいのに。そうしたら、こんなまどろっこしい手順なんて投げ出して一気に悦楽へと連れて行ってしまうのに。 なのにイザークは懸命に堪えていて、音にならない呼吸を極力抑えて吐き出すだけだ。だから、自分も引くに引けない。ここまで濃密なキスを重ねてきたのに攻めた側から白旗を揚げるなんて今さらできるわけなかった。 そして柔らかい唇が、その白い背を隅々まで撫でる。 背中はイザークの弱点だった。 シーツに溶け込むように、白い体を押し付けてなお、イザークは声を押し殺す。いつものように体を開かれてしまえば、声なんて抑え切れなくなるとわかっていても、その口先の愛撫だけで、甘い、女みたいだと思えてしまうような声をあげてしまうのは、負けたような気がするから。 さすがにここまでくると限界も近かったけれど、それでもまだ理性ががちがちに残っていて悲鳴をあげそうになる自分を押しとどめている。ただ、体は正直で、声よりも先に苦痛だと訴え始めていた。いっそもう、いきなり押し入られて声を上げてしまいたいほどに。 仰向けにされて、ディアッカの吐息が肌に触れる。 鎖骨の辺りに唇を押し付けて、胸の頂に吸い寄せて。 胸板から腹筋を辿るように唇でなぞれば、イザークの熱はますますきつくなり、眉は苦しげにゆがめられる。 それでも。 ディアッカは遠慮なく肌を弄ぶ。 声を押し殺して苦しそうにしているイザークに気づいてほくそえむと、ディアッカは意地悪く口の端を上げて、唇をそっとなぞるように指で触れた。 ぞくり、と背中を走り抜ける電気にイザークの口から甘い音が零れ落ちる。 「・・・・・・っぁ・・・!」 思わず漏れた声に、イザークは慌てて腕で口元を覆う、が遅かった。 「やっと声、聞けた」 満足そうに笑うディアッカに、苦々しく思いながら睨みつけると、イザークは自分を覆うようにしているディアッカの頬を両側から押さえつけて引き寄せる。 「焦らすのもいい加減にしろ!」 ディアッカが最後まで唇でふれようとしなかった赤く濡れる唇を自ら押し付けて、イザークが深く侵入すれば受け止める舌も歓喜に踊るように絡みつく。 抱きしめられ、貪るように相手を求めながら、イザークはふと答えを思いつく。 どうしてじゃなく、ただ、コイツだから、ディアッカだからなんだ、と。 END 2005/9/14 |