あきらめのキス



 ガシャン。
 派手な音がして、簡易キッチンの棚からマグカップが床に落ちて砕けた。
 その前でイザークは悔しさに歯軋りをしている。
「おい、いい加減にしろよ」
 アスランとの勝負に負けるたびに物に八つ当たりをするイザークは、もうアカデミーの名物にすらなっていた。
 ディアッカの声を無視するとイザークは拳を握り締めて、壁をガンガンと叩き始める。
「おいって!」
 慌ててその腕を掴まえながら、ディアッカは壁とイザークの間に立ちはだかる。
「うるさいっ、邪魔するなっ!!」
 ぎゃあぎゃあと騒ぐイザークを慣れた手つきで押さえつけて、ディアッカはイザークを抱きしめて拘束する。
「やだよ。イザークが怪我するの、オレ見たくないし」
 物に八つ当たりをする分にはまだいいのだ。片づけが面倒くさいとか、壊れた物を買いなおすのに懐が痛いなんてことは我慢すれば済むだけの話だからいくらだって寛容になれる。だが、イザーク自身が体を傷めるとなれば話は別だった。
「突き指とか骨折とかしてみろよ? 射撃のテストあさってだぜ。アスランにそんなことで負けることになっていいわけ?」
 くぅーっと拳を握り締めて真っ白になるほど力を入れながら、イザークは悔しさをにじませている。
 その背中をポンポンとあやすように叩きながらディアッカはイザークが収まるのを待つことにする。
「・・・離せ」
 しばらくして、ぼそり、とようやくイザークが言葉を発し、ディアッカはその腕を解いた。暴走してしまう自分を自覚しているイザークは、自分の感情が収まるまでディアッカの存在を利用する。ディアッカはそれを知っているから、勝負に負けてイザークが八つ当たりをし始めると、その様子をみて歯止めが必要だと思えば抱きしめてやることにしているのだ。
「収まった?」
 ふんっ、と大きく鼻を鳴らしてベッドに座り込むイザークに苦笑すると、ディアッカはその隣に座る。
「で、今日は何して負けたわけ?」
 負けた、といわれてイザークはピクリと眉を引きつらせる。確か昨日はチェスで16敗目とか言っていたはずだ、と記憶を探りながらディアッカが見るとイザークは不本意そうな顔をした。
「・・・腕相撲だ」
「はぁ?」
 なんだかとてつもなくマヌケな単語を聞いた気がしてディアッカは聞き返す。
「腕相撲だと言っただろう! チェスは時間がかかるから手っ取り早く勝負がつくとニコルが言ったから腕相撲をしたんだ」
 その光景が思い浮かんでディアッカは苦笑する。勝負を挑んでがなりたてるイザークと、いい加減に解放して欲しいアスラン。そして二人の間でなだめながら簡潔明瞭な勝負を提案するニコル。
「そりゃぁまた面白い勝負だな」
 ぐぐぐ、と眉間にしわを寄せてイザークがうなる。
「面白くない!! あんなの!」
 だったら勝負なんて挑まなきゃいいだろう・・・。あきれたディアッカはけれどイザークにそれは言わない。代わりにそっと甘いキスを押し付けただけだった。
 イザークの性格を直すなんて無理だから、アカデミーにいる限り、アスランがいる限りずっとこのライバル心が消えることはないのだろう。そのたびに部屋の片付けとイザークのお守りをし続けることになるんだろうから、それについてはもうあきらめて、代わりにキスくらい頂こう、そう思ってのキスだった。
 イザークは睨むようにしてディアッカを見る。
「何?」
 ディアッカが聞くとイザークはふいっと横を向く。
「別に」
 そしてイザークは立ち上がると机に向かった。どうやらキスのおかげで機嫌が直ったらしい。
 思わぬキスの効果に小さく笑いながら、ディアッカはごろんとベッドの上に大の字になって寝転がった。




END

2005/9/12