つぐないのキス



「・・・ただいま」
 ザフト軍本部。捕虜交換の手続きが完了した者たちで溢れかえるロビーの端。
 赤服を纏った銀髪の少年の前で、オーブのジャケットを身につけたディアッカはそう告げた。
「・・・」
 言われたイザークは何も言葉を発しないで、ただじっと睨むように見つめているだけだった。
「あ、やっぱり怒ってるわけ? 捕虜として戻ってきたこと」
 軽く肩をすくめてみせるが、イザークはそれでも何も言わない。
 罵声と拳の一つや二つ飛んでくると覚悟していたディアッカにしてみれば、何だか肩透かしを食らった気分で落ち着かなかった。
「あのさぁ、なんか言ってくれても・・・」
 すると、イザークは大きく呼吸をして次の瞬間、その拳をディアッカに向けて思い切り突き出した。
 ドカッ。
 派手な音とともにディアッカの体は後方へ吹き飛ばされて、見事に壁に激突する。受け止めた壁をずるずると滑り落ちながら、拳を食らった鳩尾を押さえてゴホゴホとディアッカは咳き込んだ。
「っつぅ・・・」
 痛みに顔をしかめたまま見上げると、イザークの、地球の空を切り取ったような蒼い目に透明な液体が満ちていた。それが見る見るあふれ出す。
「イザーク・・・」
「遅い!一体どれだけ待たせれば気がすむんだ。地球からここまでシャトルで3日もかからない距離だぞ・・・。それをお前は・・・っ!」
 立ち上がって傍に立つと、イザークは慌てたようにごしごしと軍服の袖口で涙を拭った。キッと睨む目が充血して赤くにじむ。
「ごめん」
「すぐに戻ると言ったじゃないか! なのに何ヶ月待たせれば気がすむんだ?!」
 両の拳をディアッカの胸板に思い切り叩きつけてイザークは喚く。
「こんなにかかるとは思わなかったんだよ・・・」
 政権の混乱は戦後処理にも大きな影響を及ぼして、捕虜交換の手続きが開始されるまでに3ヶ月もかかった。それから全ての捕虜が戻ってくるのに2ヶ月の時間を要し、ディアッカはAAに同乗していた経緯から正規の捕虜として身柄を拘束されていなかったので、事務的ミスで最終の名簿に名前が記載されることになったのだった。
 自分を叩く、その手首をつかんで抑えながら、ディアッカはイザークを見つめる。
「髪・・・切ってなかったんだな・・・」
 イザークの銀色の髪は長く伸びて、今や肩にかかるほどになっていた。その髪をそっと掬い上げながらディアッカは小さく笑う。
「俺の髪はお前が切るって言ったんだぞ、忘れたのか」
 アカデミーに入学して、施設内の理容師は腕が悪いと文句を言うから、ディアッカが冗談半分で切ってやるとそれをイザークが随分と気に入って、それ以来イザークの髪が伸びるたびに、寮を出た後でもディアッカに髪を切らせていたのだ。
 メンデルで再会したときにも髪が伸びているような気がした。でもそれは戦局が緊迫していてそれどころじゃないからだろうと思っていたのだけれど。今日、この場に出迎えにやってきたイザークは、すっかり長髪にまで伸びた髪を、けれど優雅になびかせて現れたのだ。
「忘れてないけど・・・。長いのも似合うね」
「お前のせいだぞ。こんなに暑苦しいのは・・・」
 項に自ら手を差し入れて、バサリ、と髪をかき上げる仕草は色っぽさには程遠くてディアッカは苦笑する。やっぱりイザークにはきちんと切りそろえられて揺れるあの長さが相応しいんだと。
「ごめんな。これは・・・埋め合わせ」
 言うとディアッカはそっとその唇をイザークのものに重ねた。
「こんなので償えると思うなよ。こき使ってやる」
 イザークはディアッカに噛み付くようなキスを返すと、彼らしく強気に笑った。
「さぁ、帰るぞ」
 くるりと踵を返すイザークをディアッカは慌てて追いかける。
「帰るってどこにだよ」
「俺の家だ。お前の身元引き受け人はこの俺だからな」
 その言葉に一瞬驚いて足を止めたディアッカは、次の瞬間嬉しそうに笑った。
「あの、本気でこき使われそうで怖いんですけど」
「当たり前だ。覚悟しておけ」
 ディアッカはすぐ隣に並んだイザークの肩を抱き寄せた。するとイザークもくすぐったそうに笑う。
 そして二人は笑い合いながらロビーの出口へと歩いていった。



END

2005/9/11・9/13UP