ようやく時間が取れて自室に戻ったイザークは、部屋のドアが閉まるよりも先にその白い手を激しく壁に殴りつけた。
　ガンッ、ガンッ、ガンッ。
　三度その音を響かせたところで、付いてきたディアッカが腕を差し入れる。
「もうそのくらいにしとけよ」
　最初から止めなかったのは、彼の気持ちのはけ口をすべて奪ってしまうのにはその原因が辛過ぎたからだ。
　ユニウスセブンの破砕作業。
　急な指令ではあったが、危険は少ないという判断の元で隊員を送り出したというのに。
　予想もしない武装集団の出現で、不意打ちを食らった形になった隊員は丸腰に近い状態で次々にやられていった。
「俺が甘かったんだ･･･」
　作業だけだからと武装はごく軽装備で、すぐに追加の武器を射出したとはいっても、戦闘に不慣れな若い隊員たちはそれを手にすることも出来ずに敵の攻撃に翻弄されてしまっていた。
「イザークは間違ってないよ。あの状況では誰だって対MS装備なんて考えないだろう。それに、オレだって碌な役に立てなかったし･･･」
　イザークが母艦に残った以上、ディアッカは現場の責任者という立場なのだ。あの場で誰よりも早く攻撃の態勢をとり、味方を守りつつ立て直そうとして奮闘はしたが、それでも犠牲者は少なくはなかった。
「俺が先頭で現場にでていれば」
　ぐっと拳を握り、悔しそうに下を向く。
「隊長はそういうことをしないもんだろ。後方から戦況をみて部隊を指揮する立場なんだから。それに、『たら、れば』って言ってたら、軍人なんてしてられないってわかってんだろ」
　ディアッカの言葉にイザークは唇を噛む。
　自分は軍人で、一部隊を率いている。それは確かに事実だけれど、自分のミスで部下の命が犠牲になったということはそう易々と受けいられることではなかった。
　だまったままのイザークにディアッカはさらに続ける。
「過去に留まっていることは死んだ人間にだってできることだろ。でも前を向いて進んでいくことは生きている人間だけの特権だ。死んでいったやつらの分まで進んでいかなきゃいけない。それが逝ったやつらへの弔いになるって信じて進んでいくしかないだろ？」
「お前は･･･平気なんだな」
　イザークのつぶやきにディアッカは深くため息をつく。
「全然っ！　平気なわけないだろ！･･･けど、イザークが落ち込んでるときにオレまで一緒に落ち込んでたら、オレのいる意味ないじゃん。ただの同僚ならそれもあったのかもしれないけど、今は違うだろ。イザークの仕事をフォローするのが副官のオレの仕事だからな。イザークが立ち止まってるなら、そのケツ叩いてやるのがオレの仕事だって思ってるから」
　厳しい顔をしている副官は、まさに目の前で散っていく同僚を助けることもできなかったのだ。自分よりもずっと悔しいのだ、とイザークは今さら気がついた。
「すまない･･･」
　その言葉にディアッカは一つ肩をすくめるとイザークの体を抱き寄せた。
「･･･謝るなよ。オレの前なら泣いても叫んでもいいけどさ、それはここだけにしてくれよ。隊長の不安は部下に悪影響だからな」
　犠牲を少なくするために、隊長はときとして孤独になる。だからそれを自分が支えるのだ、とその紫の瞳は語る。
「ディアッカ･･･」
　見上げたブルーの瞳に優しく微笑むと、その頭を自分の軍服に押し付けた。
「とっととすっきりしろよ。オレは見てないから」
　そういって抱きしめる腕の力はいつもよりずっと優しい。その優しさがイザークには心地よすぎて甘えたくなってしまう。
「だが･･･」
「我慢しなくていいから、副官の存在を利用しとけって」
「･･･わか･･･った」
　ひくっとむせび泣いて震えるイザークの背中をディアッカはあやすように軽く叩く。
「オレたちは軍人だからな。前を向くしかないんだ」
　この先、軍服を身にまとい続ける限り、何度もこんなことがあるのだろう。
　イザークは、その能力は高くても、自分に厳しすぎるし、そのくせ脆いところがあるやつだから。
　自分はいつも隣にいて、そのたびに自分はイザークを支えよう。そのためにこの緑の服を纏って戻ってきたのだから。
　愛する人がずっと前を向いていられるように。
　ディアッカはイザークには聞こえないようにそっと胸の奥でつぶやいた。




END



2005/6/8