スローモーション
 風に舞った目の前の桜がすごくきれいだった。
 ただ、それしか頭にはなくて。花びらに気を取られた俺は不意を突かれるような格好で。
 でも、それはまるでスローモーションみたいにはっきりと見えた。

 ディアッカが目を伏せて、オレの顔に近づいて。
 ああ、コイツは俺にキスをするんだ、とやけに冷静に思いながら、唇が重なった一瞬後に目を閉じた。
 何で俺はおとなしくキスされてるんだろうと思ったけれど。
 きっと考えても答えなんて出そうになかった。
 母上とのキスとは違う、キス。
 不思議だけど、ディアッカが俺にキスすることが当たり前のような気がして。なんとなく、嫌じゃなかった。
 ゆっくりと唇を離したと思ったら、とたんにディアッカは慌てたように俺から離れて遠ざかった。

 それがなんだか腹立たしかった。
 自分からキスしておいて、なんで逃げるんだ。
 そう思って、ディアッカを見たら、バカみたいに真っ赤になっていて。
 あいつの肌の色ならわからないはずなのに。不思議とそれが俺にはわかって。
 そしたら何故か急に心臓がドキドキし始めた。
 そんなことディアッカに気づかれるのは絶対に嫌だったから、俺は平気なふりをした。

 どうしたらこのドキドキが止まるんだろう。
 必死になって考えたけど、全然分らなくて。
 それよりただなんとなく、もう一度キスがしたくて。
 その唇に触れたくて。
 誤魔化すようにディアッカに聞いた。
「お前・・・・・・キスしたことないのか? そんなに慌てて」
「いや、別にそーいうわけじゃ・・・」
 ディアッカに限ってそんなことないとは思ったけど。思ったとおりに否定されたから、どこかちょっと安心して。 
「そうか」
 言ってあいつを掴まえて。
 今度は自分からキスをした。
 どきどきしてる心臓の音が、あいつに聞こえそうでどうしようと思っていたら、あいつが俺に腕を回してきたけど、それがなんだかくすぐったい気がして。
 そっと離れた。
 でも、それ以上どうしたらいいのか分らなくて。
 イライラしながらディアッカを見たら。困ったような顔をしたあいつにそっと抱きしめられた。
 なんだかそれにほっとして。
 少しだけあったかくて気持ちよくて。
 よく分らないけど、こんなのもいいな、と思ったりした。
 でも、ディアッカに知られたくなかったから、
「勘違いするなよ、これは、ただのキス1回なんだからな」
 と言ってみたら、ディアッカも
「うん・・・分ってる」
 と言ったから、コイツなら大丈夫だ、と意味のわからないことを思ったりして。
 ドキドキがずっと奥のほうでゆっくりとした速度に落ちていきながら、でもなんだか自分の中がぐるぐるして。
 何を言おうか考えるより前に、どうしようと思いながら。
 気がついたら右手をあいつに向かってだしていて。 
「帰るぞ」と言ったら、ぎゅっと手を握ってきて。
 俺は、それがすごくうれしくて、ディアッカともっと一緒にいたいなと思ったりした。


 その日の桜はすごくきれいで。
 手をつないだディアッカとずっと黙って歩きながら。
 風に舞う花びらの一枚一枚が、まるでコマ送りする映像のようにゆっくりと記憶に焼きついていくのがわかって。
 何故だか俺はずっと忘れないと確信していた。



END


2005/5/26





本編『SAKURA seoson』のイザーク視点のお話。
イザーク視点の話をぜひというリクエストを頂いたのですが
一本書くには短いかなと思って、拍手にしてみました
イザークのどきどきっぷりが難しかったです。