ここにいるから

 その電話は予告もなく突然にかかってきた。
 秘書を通さずに携帯にかけてくる人間なんて限られてはいたが、母親とは今朝も顔をあわせたばかりだし、他に誰がいるというのだろう。
 そう思ってイザークは携帯の画面を見てその手が止まる。
 信じられない着信相手の名前に息を呑んで、電話を取るのをためらった。だが瞑目して呼吸を整えるときわめて普通のトーンでそれを取った。
 着信の相手は『ディアッカ』だった。

「どういうつもりだ、ディアッカっ」
 昼過ぎの突然の電話のあとで、無理やりに作り出した時間は、議員として多忙なイザークにとっては貴重なものだ。
 電話の相手は相変わらず悪びれもせずに、待ち合わせのホテルに現れた。
 再会の時刻はすでに日付も変わる直前。
「プラントに用事ができて急に来ることになったから。事前に連絡できなかったのは悪かったけどさ、そこまで怒る必要ないんじゃない?」
 今はオーブに留まってあちら側の戦後処理を手伝っているのだと聞かされたのは、停戦からしばらくしてからだった。
 プラントに戻ってくるという言葉を信じていたイザークは裏切られた気がして強く傷ついた。だが、それを素直に伝えることも出来ず、「嘘つき」と短いメールを送ったきりになっていたというのに。
 突然、電話をかけてきて、「今日の夜会えない?」とぬけぬけと言い放ったのだ、この男は。
「俺は忙しいんだ! 今日の今日で時間が取れる保障なんてなのにないというのに、どうしてお前はそんなに一方的なんだ!!」
 けれど怒鳴られたほうはさして気にもかけず、それすら喜んでいるような顔をしてイザークに歩み寄る。
「でも、こうして時間作ってくれたんでしょ? 」
 言ってそっと抱き寄せた。それを拒絶されるとは微塵も疑わずに。
「・・・・・・」
 何もいえないイザークに、ディアッカは抱く力を強める。
「・・・細くなったな。ちゃんと食べてるの?」
 そんなことおまえが言えた義理か。食欲が落ちたのは誰のせいだと思っているんだ。それほど心配なら隣にいて監視でもしていろ。
 言いたいことは次々と思いつくのに、口に出すことができない。何かを言ったら泣いてしまうんじゃないかと思って、イザークはただ黙っているしかできなかった。
「仕事、忙しい?」
 関係ないことをディアッカは口にする。
「ああ!すごく忙しい。お前なんかに会う時間なんかないくらいに無茶苦茶忙しい!」
 憎まれ口がなんだか懐かしくて、ディアッカは小さく笑う。
「そっか」
 会話はそこでぷつりと切れる。
 イザークはディアッカの近況なんて知りたくもなかった。
 自分が知らない世界でディアッカが何をしてるのかなんて。そんなことを気にしたら、仕事なんて手に付かなくなって、地球へ飛んでいきたくなってしまいそうだから。だから訊きたい事はたくさんあるのに何も言えないでいた。
「キスしていい?」
 許可を求めたことにイザークはなおさら不機嫌な顔をする。
「いつから許可制になったんだ」
 そんなことも忘れてしまうくらいに、俺の事なんてどうでもよかったのか。
 不安に揺れるブルーの瞳にディアッカは失言だったな、と苦笑いしてみせる。
「議員殿の唇には初めて触れるものですから」
 茶化してみせたけれどそれも失敗だったようで、イザークの目には透明な雫が溢れそうになる。
「・・・ごめん」
 小さく言うとそっと唇を重ねる。
 数ヶ月ぶりに触れるイザークの唇は、かさかさに荒れていて、ひどく不健康そうだった。
 冗談ではなく、本当に忙しいんだろう。そんなときにそばにいてやれない自分にディアッカはひどく苛立ちを覚える。
 そして決意したようにイザークに向かって言った。
「あと、3ヶ月・・・・・・いや、2ヶ月で絶対仕事は終わらせる。終わらなかったらアスランに押し付けてでも何でもして帰ってくるから。成り行きとはいえ、引き受けちまった仕事を放り出したら、イザークだって怒るだろ?」
「当たり前だ」
 憮然とした表情で、けれども、少しだけ柔らかくなったイザークの顔にディアッカはほっとする。
「次はいつ・・・来るんだ」
 再会したばかりなのに、次の予定を訊いたイザークの気持ちをディアッカは即時に汲み取った。
「わかんないけど、今度はちゃんと連絡するよ。だからそんなに焦らないで」
 束の間の再会は充分ではないけれど。
 出来る限り抱きしめ、慈しみたいとディアッカは思っていて。イザークの心が不安にかられて先走ってしまってはあまりにも切ないから。
「いまは、ここにいるから」
 覗き込むようにしてキスをすると、イザークもぎゅっと抱きつきながらその唇を深く合わせた。



END


2005/5/30





切ない話を書こうと思って、考えた話。
ディアイザが離れてるシーンと思ったけれど、
束の間の再会のほうがいいかなーと思ってこういう話になりました。
イザークが地球に追いかけていく話もいいかなと書き終えてから思いました。