呼ぶ声に
「邪魔だ、ディアッカ・・・」

 昼休み、いつものように屋上のイザークについてきたオレは立ち上がろうとしたイザークにそう言われた。
「今なんて言った?」
 聞き返すオレにイザークは構わずに立ち上がると歩き出す。
「邪魔だと言ったんだ」
「そうじゃなくて、その後!」
 『おまえ』じゃなかったよな、確かに。名前言ってたよな、イザークが。
 オレは飛び上がってイザークのそばに立つ。
「・・・うるさい」
 そのままイザークは早足になる。
「ねぇ、イザーク!」
 先に回りこんでその顔を覗き込む。けれどイザークは顔を背けてしまう。
「もう一回言ってよ」
「うるさいって言ってるだろう!」
 にやにや、にやにや。オレの顔が止まらない。
 なんで、『おまえ』って呼ぶのか、聞いてみたのは先週のことだ。
 タイミングを逃してその理由は聞きそびれてしまったけれど。その答えがこういうことになるなんて。
「ねぇってば!」
 腕を掴んで引き寄せる。ぐっと傾いたその体がオレの体のすぐそばに立つ。
「・・・・・・だ」
「え?」

「ディアッカだ! ディアッカって言ったんだ!!」
 キレたように言う、けれどその顔は見事に真っ赤だ。
「やっと、名前呼んでくれたんだ・・・」
 『おまえ』だけでもそれなりに嬉しかったけど、やっぱ名前で呼ばれると『特別』って感じがする。
 特にイザークの場合、周りに向かって『貴様』ってばっかり言ってるから。
「けど、なんでそんなに真っ赤になってるわけ? たかが名前じゃん」
 その青い眼を見ながら訊くとイザークは怒ったように言った。
「人の名前なんて識別のため以外に呼んだことなんてない。2人称か3人称で充分だ!」
 すっごい理由、さすがイザークって感じ。
 あきれながら、でもそのイザークがなんでオレの名前を呼んだのかますます理由が知りたくなる。
「じゃあどうしてオレの名前呼んだの?」
「それは、お前が変な質問するからだ!」
「変な質問・・・?」
 いくらか顔色が落ち着いてきたイザークはそれでもオレの目を見ない。
「なんで『おまえ』って呼ぶのかって! ずっと考えても答えが見つからなかったから。
また同じ事を訊かれるのはご免だから名前で呼ぶことにした・・・」

 くすくす、くすくす。
 その答えに笑い出したオレにイザークは怪訝そうに顔を向ける。
「・・・何がおかしい?」
「そんなことずっと考えてたのか、っていうのと・・・あんまり解決になってないってこと・・・」
「解決になってないだと?」
 自分が考えた解決方法の欠点を指摘されてイザークは片眉を吊り上げる。
「だって、そうだろ?『貴様』って呼べば済む話じゃん。
なのになんでイザークはオレの名前呼んでくれるわけ? 顔を真っ赤にしてまでさ」
 するとイザークは虚をつかれたような顔をした。それがまた珍しくてオレはいいものをみた気分になる。
「なんでって・・・」
 言って自分でマヌケな状況に気が付いたのだろう。いきなりに怒り出す。
「そんなのお前に話す必要ないだろ! お前の名前がディアッカだからだ!」
 照れと怒り。それをごちゃ混ぜにしたようなイザークの表情はなんだかとってもかわいく見えて。
「・・・ありがと。うれしい」
 そっとその頬にキスをした。
「なっ・・・」
 途端にその頬は今まで以上に真っ赤に染まる。
「何するんだ、お前っ!」
 キスの跡を拭うようにしながら慌ててオレから遠ざかる。
「嬉しかったから。感謝の気持ち」
「何が感謝だっ」
 イザークは知らなすぎる。
 好きな人に名前を呼んでもらえることがどれだけ嬉しいのかってことを。
 ぷい、と背中を向けて屋上の入り口に戻っていく。
「イザークっ!」
 その背中に向かって名前を呼んでみる。一瞬立ち止まったあとに銀の髪を揺らしながら振り返る。
「うるさいぞ!」
 そしてイザークはまだ知らない。
 好きな人が自分の呼ぶ声に振り返ってくれることの嬉しさを。
 いつかそれに気づいてくれるときがくればな、とオレは思う。
 そのとき、イザークが呼ぶのが自分の名前であることを祈りつつ。
 オレは駆け足でイザークを追いかけた。
 




2005/4/22




あとがき
これは本編「SAKURA seoson」の続編として書きました。
初々しさを残しつつ、ディアッカがそれらしくなり始める兆し、みたいな話。
イザークが真っ赤な顔してるのはいつものことですが(笑)