そこに映る自分の顔には、大きな傷跡がくっきりと残っている。それをゆっくりと指でなぞってみる。
「・・・っ」
すでに完治したそれは痛むこともないのだが、心が痛んでイザークは息を呑んだ。
「ディアッカ・・・」
ストライクから傷を受けたとき、いきり立つイザークをいさめるようにしてディアッカは言った。
「その傷の礼はオレがしてやるよ」
けれど、そのディアッカはイザークの前から姿を消した。
彼が死んだ、とは思わない。そんなことイザークには受け入れられない。
だが、生きているという確証がないのも確かで、イザークはその状況にときおり耐えられなくなる。
ベッドに座り込んだイザークは組んだ手に額を乗せてうつむいた。
「お前がいないままだと、この傷跡は消せないだろうが・・・」
最初は自分がストライクを討つまで傷を消さないつもりだった。
だが、ディアッカがああ言ったから、いつのまにかイザークはディアッカのために傷跡を消すことを決めていた。
ディアッカがいつも好きだと言ってくれた自分の顔。
それに傷がついたことを彼はひどく残念がっていて。
でもそんなことを言いながらディアッカが傷に施す口付けがなんだか心地よくて。
なのに今は彼がいない。
ストライクはアスランが討った。
けれど、それを共に喜ぶはずのディアッカは帰ってこないままだ。
大きな傷跡。
これを消したらディアッカは本当に帰ってこないんじゃないかと思ってイザークはそのままでいる。
これが自分の顔にあると知ったら、ディアッカは帰ってくるんじゃないだろうか。
『いーかげんそれ消せよ。ストライクだってもういないんだし。お前のきれいな顔がもったいないだろ』
そう言って欲しいと、どこかで願うように思っている自分にイザークは気づいている。
抱きしめてキスをしながらそう言ってくれたら・・・。
自分の思考がまるで女だなと気がついてイザークは自嘲の笑みを浮かべた。
「・・・ディアッカがいないとこのざまだ。まったく・・・」
自分がどこまでディアッカに心を預けているのか思い知らされた。
いいかげんでつかみ所のない奴なはずなのに、自分はすっかり捕まえられている。
「余裕がなさすぎるな、俺は・・・」
誰もいない部屋でイザークは不似合いなセリフをため息とともに口にする。
精神的に余裕がなければ、戦闘では追い詰められる。それはアカデミーでさんざん言われた基本的なことだった。
だがイザークはそれを意識することもなかった。それはいつもディアッカがそばにいたからだ。
そんなことに今更気がついた。
あいつの存在がいつの間にか自分の心にゆとりを与えていたのだ。
ならば、この傷を残しておくことで、少しでも自分に余裕が生まれるように。突っ走る自分を止めてくれるように。
そう願うことは愚かなのだろうか。
しかし、イザークに答えてくれる人間は誰もいない。
今はもう、ニコルもアスランも、からかう相手すらいなくなった。
イザークはたった一人残ったエースパイロットだった。
そのイザークの耳にけたたましい艦内放送がコンディションイエローを告げる。
「お前が戻るまで、これは消さない。だから早く戻って来い・・・」
そう言うと、嫌な思考を振り切るように髪を振り乱してイザークは立ち上がった。
END
2005/3/12
あとがき
第一弾の「宇宙の沖へ」の対として書いた作品。
第一弾ではディアッカが一人の場面だったので、
その頃のイザークは・・・という視点で書いてみました。
(ちゃんと背景の色でつながってるんですが、気づいた人いたのかな;)
このイザはイザークらしくて割と好きです
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