君がいてもいなくても
大事な人だと思っていた、ずっと。
いや、それは今でも変わらない、大事な人なのだ、自分にとって。
失くしてしまったら、きっと世界がまるきり違うものになってしまうほどの、自分の全てだといえる、たった一人の人。
だけど、何故だろう。
その人がいなくなっても世界はちゃんと廻り続けている。呆れるくらい淡々と、ばかばかしいほど変わらずに。
「ディアッカさん、バスターのことでマードックさんが探してましたよ」
ぎこちなく敬語を使ってくるこの華奢な印象の少年がストライクのパイロットだったというのだから未だに信じられない。
「ディアッカ、でいいって」
「でも年上だし」
「アスランだって呼び捨てだぜ。もっと年下にだってそう呼ばれてたんだから気にするなよ」
緑色の髪の少年は人懐こくオレの名前を呼んでいた。
イザークに傷を負わせた奴と普通に会話をしているのが信じられない。あれほど憎く思ってたはずなのに。
「ていうか、ほんとアークエンジェルは人使い荒いよな。パイロットがここまでメンテするなんて初めてだぜ」
「人手不足ですからね」
ナチュラルと一緒に整備をするなんて想像もしなかった。あれほどナチュラルをバカにしていたのに、マードックさんはその道のプロで、オレが言いたいことを言葉少なくても的確に理解してきちんと仕上げてくれる。ナチュラルもコーディネイターも熟練した職人肌の人というのは同じだけの能力を有しているのかもしれない。
「そーいえばさ、アスランとは幼馴染なんだろ?」
「うん、アスランがプラントに戻るまでは毎日一緒に遊んでたんだ」
「突然、離れ離れになってどうだった?」
「どうって・・・寂しかったけど、他にも友達がいたし、僕もすぐにヘリオポリスに移ったから」
やっぱり結局、そうなのだ。
どれほど大切だと思っていても、心に占める割合が大きくても、自分の意思とは関係なく世界は廻っていくんだ。
「ディアッカ・・・は、友達とかプラントにいるんでしょ?」
さん、をつけそうになって必死に堪えたのがわかっておかしくなって俺は笑う。
「オレはプラント生まれのプラント育ちだからな。逆に言えば地球に知り合いなんていないし」
「そっか」
今さら気づいたキラの様子にまたオレは笑いそうになる。イザークがいなくてもイザークの隣じゃなくてもオレは笑えるんだ。
「それに、友達よりも大事な人がオレにはいるし」
「え?」
「ZAFTのやつなんだ。だから今は宇宙なのか地球にいるのかわかんないけどな」
「そう・・・、また会えるといいですね」
語尾に敬語を使って、しまったという顔をするキラはたぶんニコルよりもきっと純粋なのだろうと思う。だから、あんなに必死に一人きりでアークエンジェルを守り続けたんだろうな。
「なんかさ、そいつがいなくなったら人生終わりだって思ってたんだけど、全然そんなことねぇのな」
次々舞い込んでくる仕事は、数少ないコーディネイターを頼りにしている証でもあったけれど、この艦の独特の雰囲気のせいか不思議と悪い気分にさせない。それが気を紛らわせるのにちょうどいいというのもあるのかもしれない。
「ディアッカ、大切な人が本当にいなくなったら、あなたでもきっと平気なんかじゃいられなくなると思う。今は平気だっていうのはあなたの大事な人が生きてるってわかってるからじゃないかな。僕はプラントでアスランが死んだと思っていたときに、周りの全てに何も感じられなかったから」
「そういうもんかな」
曖昧に笑いながら、オレはキラに背を向ける。
イザークがいてもいなくても、世界がちゃんと廻ってる。それは間違いない。
「ディアッカ、ディアッカの大事な人ってもしかして僕の知ってるMSのパイロット?」
背後から届いた思わぬ声にオレの足は思わず止まる。
振り返る顔はたぶん、すっげー恥ずかしいくらいに笑っていた。
「勘がいいんだな、キラは。イザークっていうデュエルのパイロットだよ。ちなみにすっげー美人」
「それならきっとどこかで会えるよ。そのときはちゃんと話ができるように、僕も協力するから」
無敵なフリーダムのパイロットに言われるのは心強いけれど、イザークがフリーダムをみたら、大人しくなんてしていないだろうな、とオレは笑う。
あぁ、まただ。
イザークがいてもいなくても、オレはちゃんとオレでいられる。
それはイザークのことをオレが一番わかってるからなのかな。この場所にいなくてもイザークがどうるすのか手にとるようにわかるから。
「あぁいた、ディアッカ!」
廊下の奥からマードックさんが姿を現した。
「今行くよ」
イザークがいてもいなくても、世界は回り続ける。
それが大したことかどうかはたぶん自分の気持ち一つだ。
どうでもいいとかそういうことじゃなく、オレは自分の足で歩いていく方法を見つけたから、ただちょっとだけ離れてるんだ、と思うことにした。
イザークはどうなんだろう。
ちゃんと彼の世界は回っているんだろうか。