電 話
真夜中に3回コールが響く。
ベッドから起き上がって通話ボタンを押すと画面に何も映らない。
そっけなく 中央にSound only の文字。
小さくため息をついて、向こうにいる人間に声をかける。
「どうした?」
相手が誰かなんて確かめる必要もない。こんな時間にダイレクトに通信を入れてくる人間なんて一人しかいないから。
「ミゲルが・・・」
消え入りそうな声で呼んだ名前に聞こえないように小さく舌打ちする。
「待ってろ、いま、行くから」
一方的に告げて、通信を切ると同時に来ていたパジャマを脱いでシャツを羽織り、ジーンズに足を通す。
数日の間とはいえ、自宅に帰ったことを後悔した。
クルーゼ隊が久しぶりにプラントに戻って与えられた3日の休暇。イザークは母親に顔を見せることを何より大事だと思っていたし、それを邪魔するつもりもなかった。一緒に行くといえば嫌がられることはないだろうけれど、親子水入らずなんて言葉を思いついて、らしくもなく自分も家に帰ると告げた。
少し寂しそうな顔をしたようなイザークに、電話すればいつでも飛んでってやるから、と笑って言ったけれど、本当に電話がくるなんて。
しばらく乗っていない自分のエレカはきちんと手入れがされているらしく、問題なく電源が入った。イザークの家まで20分。近くはない距離にもどかしくアクセルを踏み込む。
受話器の向こうで洩らした声が震えていた。イザークが言った名前の意味は特別で、それだけにディアッカは深く後悔していた。
ミゲルはイザークにとって特別だった。何だかんだとからかってくる存在を煙たがりながら、それでもイザークは彼のことを好きだった。それは兄への慕情みたいな感情だったろうけれど、人を寄せ付けないイザークをものともせず踏み込んでくるミゲルの朗らかさに間違いなくイザークは心を許していた。
だから、ミゲルが死んだとき、イザークは深く沈みこんだ。表には出さなかったけれど、その傷は浅くない。
そのミゲルの名前を出して、真夜中に電話をしてくるとなれば、イザークはきっと泣いているのだろうと思う。
一人、真っ暗な部屋で。
自分が傍にいればそんなことさせなかったのに。
ようやくた到着したイザークの家。顔パスで玄関を通り抜けて、イザークの部屋に辿り着く。
ドアをあけてそこにいたのは、ベッドの上に座り込むイザークの姿。
「ディアッカ・・・」
見上げる目は人工の月明かりにくっきりと濡れている。
「ずっと、泣いてたのかよ・・・」
まったく、オレがいなくちゃダメだな、と苦笑して寄り添うとその体を抱きしめる。
「電話、したら、来るって・・・言ったから」
緊張が続く戦艦の中なら、こんなことにはならなかったはずだ。思わぬ休暇に、自宅に戻ったことでどこか麻痺していた感覚を取り戻し、それと同時に現実が押し寄せたのだろう。
戦争をしているという現実を。
「ちゃんと来ただろ?」
こくりと頷くイザークの涙を拭ってそっと口付ける。
つながってよかったと思う。
真夜中のコールでも、ちゃんと自分とイザークを繋いでくれるものがあってよかった。
失うものと、手に残るもの。
その両方を抱きしめながら、もう一度緩やかに口付けを交わした。