あなたに見せてあげたいもの
「お疲れ様でした」
難航した予算審議をようやく終えてイザークは秘書と共に自分の執務室に戻った。
第一秘書ともう一人の秘書が揃って労わりの言葉をかけながら、イザークを気遣う。
「あぁ、予想以上に長引いたな」
本来の予定では19時には帰宅できるはずだったのに、今はもう22時。戦後の予算案は軍事部門にどれだけの割合を与えるか、復興にどれほどの費用が必要なのか、など問題が山積して思うように話は進まなかった。
すかさず出された紅茶を一口飲みながら、イザークは二人の秘書を振り返った。
「もう帰っていいぞ、だいぶ遅くなってしまったからな、予定があったんじゃないか」
今日は金曜日で、独身の女性ならば約束の一つや二つ入っていてもおかしくない。イザークの秘書は主の美しさに比例するように美しい女性ばかりだ。きっとデートの約束もあっただろうと主人は自分より年上の女性たちを思いやる。
「いえ、そんなことは・・・」
慌てる秘書に穏やかに笑いながら、イザークはティーカップをソーサーへ置いた。
「俺もすぐに帰宅する。ここからエレカを使うから問題はないだろう」
寄り道せずに帰るから心配は要らない、そう安心させて彼女たちを少しでも帰りやすく仕向けてやる。
「ですが・・・」
「これでも俺は元軍人だ。何かあっても自分の身くらい守れる」
主人の戦中の活躍ぶりを知る二人はお互いに目を合わせ、頷き合う。
「それでは失礼します」
揃ってお辞儀をして部屋を出て行く二人の背中を見送ってイザークは小さく息をついた。
慣れない議員の仕事は、予想以上にストレスのたまるものだった。
能力的に無理だと思うことはない。イザークにつけられた秘書は優秀で仕事の手際もそれなりによく不満はなかった。
だが。それでも。
やはり向かないものはあるのだとイザークは感じていた。
自分はMSを駆り、作戦を成功させることを考えている方が向いている。友と競い、慰め、笑い合った日々が酷く懐かしい。
一人になってイザークは窓際に歩み寄ると下ろされていたブラインドを引き上げた。
最高評議会のビルはこのアプリリウスで一番の高さを誇る。
12名いる評議員はその高層階に執務室を与えられていた。
地位の高いものは高い視線を欲する、とはどこの人間が言ったことだったか。階下にチリのように見える人の姿に、自分を偉大な人間だと勘違いしてしまうのも無理はないかもしれない、そう思わせるほどの光景がそこにはあった。
色とりどりの光。
まばゆく輝くそれは人々の営みを現していて、それだけにかけがえのないものにイザークには思える。
あの戦争で散っていった命の数も計り知れないが、それでも人々はたくましく懸命に生きているのだ。
議員なんて自分には向いていないと思う。カナーバ議長から申し入れがあったときには躊躇した。けれど、こうしてこの場所に立ってみると、立場は違えどプラントの人々の命や生活を守ろうとすることは、ZAFTでしようとしていたことと変わらないようにも思えるのだ。
「綺麗だ・・・」
ガラスに張り付くようにして広がる夜景を眺めていたイザークはふと思い出してデスクの上の通信機を手に取り、一瞬考えてそれを下ろすとポケットから自分の携帯電話を取り出した。
メモリーの最初の番号に、確かめることもなくコールする。
「あぁ、俺だ、今暇か?」
問いかける声は柔らかく、口元は緩んでいる。
「お前に見せてやりたいものがあるんだ、今からここに来い。・・・そうだ、評議会ビルの・・・」
これが大切だと思ったら、大切な人に見せたくなった。
イザークは到着した恋人に臆面もなくそう告げて、呼ばれたディアッカは嬉しそうに笑った。