指きりげんまん
『ははうえ、イザークはははうえがだいすきです。ははうえがいちばんすきです』
膝の上に抱き上げられた幼子は、息子と同じ造作の顔で微笑む母親に力一杯告げている。
『まぁ、嬉しいわ、イザーク。母上もイザークが一番好きよ』
キスとともに降ってくる優しい母親の言葉ににっこりと満面の笑みでイザークははしゃぐ。
『イザークはずっとははうえのおそばにいます。ははうえとずっといっしょです』
『まぁずっと? でもイザークも大きくなったらきっと母上よりも好きな人ができるわよ』
わが子の物言いに微笑ましく思いながら、エザリアは銀色のオカッパ頭を撫でる。
『そんなことありません!イザークがすきなのは、ははうえだけです!』
必死に言うイザークの透明なブルーの目にうっすらと涙が浮かんでいる。母親に見捨てられたような気分になって、今にも泣き出しそうな気配だ。
『〜〜〜っ』
『わかったわ、イザークの一番はずっと母上なのね。でも、もしいつか、母上と同じくらい好きな人ができたら、そのときはちゃんと教えてちょうだいね』
ぎゅっと抱きついてくる息子を胸の中に抱きしめてエザリアは優しく告げる。
『わかりました、ははうえ。ちゃんとやくそくします、イザークはうそつきじゃないです』
そうして白い、小さな小指が目の前に差し出される。
『指きり?』
こくん、と頷くイザークに細く流麗な指先を絡めてエザリアは息子と一緒になって歌を歌う。
『ゆーびきーり、げーんまんっ、うーそついたらー、はーりせーんぼーん、のーますっ』
小さな手を上下にぶんぶんと振って無邪気に笑っている息子は本当に愛しいものだ。こんな約束はきっと覚えてはいないのだろうけれど、いつかイザークも人を愛する日が来たなら、そのときは心から祝福したいと、そう思いながら、エザリアはイザークをもう一度抱きしめてキスをした。
「あ・・・」
不意に、イザークはぱっちりと目を開けて顔を起こした。
肌を触れ合った余韻の残るシーツの合間。
イタズラをするように、お互いの指先を絡め合って遊んでいるときのことだ。
「どうした?」
そのまま上半身を起こして、白い肌をシーツがすべり落ちる。付き合ってディアッカも身を起こしながら、何かを考えているらしいイザークの顔を覗き込む。
「何か、あった?」
「小指・・・」
自分の細い指先を確かめるように見ながら、イザークはぼつりと言った。
「小指がどうかした?」
確かにさっきまで小指同士を絡めて遊んでいたのはイザーク自身だ。
「指きりって、小指でするだろう」
「指きり? ああガキの頃にやる約束の儀式ね」
自分の褐色の指を見ながらディアッカはどこか懐かしそうに笑う。
「昔、母上と指きりしたことがあったんだ」
「エザリア小母さんと? そんな子供の頃なんて毎日してたんじゃねーの?」
ディアッカがありがちなことだと言うとイザークは首を振って否定する。
「ちがうそんなんじゃない、それにあの約束はまだずっと有効のはずだ」
「子供の約束じゃないっていうわけ?」
訳がわからないとディアッカが肩をすくめると、イザークは何か吹っ切れたように顔をあげて笑う。
「そうだ。あの約束はまだ生きてるし、俺は母上との約束を破ったことはない」
「だろーね」
興味なさそうに聞いているディアッカに向くと、白い指で、下ろされた金髪に隠れている耳を引っ張った。
「だから明日、母上のところに行くぞ、お前もついて来い」
「いててて、オレが、明日〜? それがエザリア小母さんとの約束に関係あるわけ?」
話のつながりがいまいち見えなくてディアッカは確かめる。
「あぁ大有りだ」
大きく微笑み、楽しそうにディアッカの髪の毛をかき混ぜたイザークにまだ訳がわからない顔をしながら、ディアッカは渋々頷いた。
「小母さんにも最近会ってないから、別にいいけどさ」
その返事を聞いて、イザークはディアッカに向きなおる。整いすぎた顔を真正面から受け止めながら、ディアッカは未だによく見えない話の真意を読み取ろうと、透き通るサファイアの瞳をじっと見つめた。
「俺にとってお前は大事だ。でもそれは母上が大事なのとは種類が違う。同じくらい大事だが、どっちが上とかそういうんじゃない」
突然の告白にディアッカは軽く目を見開きながら、それでも一生懸命に話しているイザークに頷いてみせる。
「わかってるよ、そんなこと」
嬉しい言葉に、でもそれがどうやって小母さんに会いにいく話になるんだ、と探りながらディアッカは相槌を打つ。
「だから、約束を果たすんだ」
やっぱりわからない『約束』の内容に、ディアッカは痺れを切らして確かめることにした。
「でさ、その約束って一体どんな内容なわけ?」
ディアッカの言葉にイザークは一瞬言葉に詰まって、それから顔を真っ赤にする。
「それは秘密だ」
慌てるようにシーツを被ってもぐりこむイザークは耳まで真っ赤で、ディアッカはなんとなく内容がわかったような気がした。それでも教えてくれないイザークに、意地悪く追求する。
「ねぇイザーク、教えてよ」
「うるさいっ、俺と母上の約束だ、お前には関係ない」
シーツの下からくぐもった声を張り上げるイザークにディアッカは小さく笑う。
「なーんで、関係ないのについていかないといけないわけぇー?」
くすくすと笑いながら、シーツごとイザークを上から抱きしめる。ジタバタと抵抗するイザークはけれど、その下で同じように笑みを浮かべていた。
『指きりげんまん』
無邪気な子供の時にはわからなかった言葉の意味。
母上、見つけましたよ、母上と同じくらい好きな人を。ある意味では母上よりも好きなのかもしれません。母上が言っていたのはこのことだったんですね。
やっと俺もその意味がわかりましたよ------。
膝の上に抱き上げられた幼子は、息子と同じ造作の顔で微笑む母親に力一杯告げている。
『まぁ、嬉しいわ、イザーク。母上もイザークが一番好きよ』
キスとともに降ってくる優しい母親の言葉ににっこりと満面の笑みでイザークははしゃぐ。
『イザークはずっとははうえのおそばにいます。ははうえとずっといっしょです』
『まぁずっと? でもイザークも大きくなったらきっと母上よりも好きな人ができるわよ』
わが子の物言いに微笑ましく思いながら、エザリアは銀色のオカッパ頭を撫でる。
『そんなことありません!イザークがすきなのは、ははうえだけです!』
必死に言うイザークの透明なブルーの目にうっすらと涙が浮かんでいる。母親に見捨てられたような気分になって、今にも泣き出しそうな気配だ。
『〜〜〜っ』
『わかったわ、イザークの一番はずっと母上なのね。でも、もしいつか、母上と同じくらい好きな人ができたら、そのときはちゃんと教えてちょうだいね』
ぎゅっと抱きついてくる息子を胸の中に抱きしめてエザリアは優しく告げる。
『わかりました、ははうえ。ちゃんとやくそくします、イザークはうそつきじゃないです』
そうして白い、小さな小指が目の前に差し出される。
『指きり?』
こくん、と頷くイザークに細く流麗な指先を絡めてエザリアは息子と一緒になって歌を歌う。
『ゆーびきーり、げーんまんっ、うーそついたらー、はーりせーんぼーん、のーますっ』
小さな手を上下にぶんぶんと振って無邪気に笑っている息子は本当に愛しいものだ。こんな約束はきっと覚えてはいないのだろうけれど、いつかイザークも人を愛する日が来たなら、そのときは心から祝福したいと、そう思いながら、エザリアはイザークをもう一度抱きしめてキスをした。
「あ・・・」
不意に、イザークはぱっちりと目を開けて顔を起こした。
肌を触れ合った余韻の残るシーツの合間。
イタズラをするように、お互いの指先を絡め合って遊んでいるときのことだ。
「どうした?」
そのまま上半身を起こして、白い肌をシーツがすべり落ちる。付き合ってディアッカも身を起こしながら、何かを考えているらしいイザークの顔を覗き込む。
「何か、あった?」
「小指・・・」
自分の細い指先を確かめるように見ながら、イザークはぼつりと言った。
「小指がどうかした?」
確かにさっきまで小指同士を絡めて遊んでいたのはイザーク自身だ。
「指きりって、小指でするだろう」
「指きり? ああガキの頃にやる約束の儀式ね」
自分の褐色の指を見ながらディアッカはどこか懐かしそうに笑う。
「昔、母上と指きりしたことがあったんだ」
「エザリア小母さんと? そんな子供の頃なんて毎日してたんじゃねーの?」
ディアッカがありがちなことだと言うとイザークは首を振って否定する。
「ちがうそんなんじゃない、それにあの約束はまだずっと有効のはずだ」
「子供の約束じゃないっていうわけ?」
訳がわからないとディアッカが肩をすくめると、イザークは何か吹っ切れたように顔をあげて笑う。
「そうだ。あの約束はまだ生きてるし、俺は母上との約束を破ったことはない」
「だろーね」
興味なさそうに聞いているディアッカに向くと、白い指で、下ろされた金髪に隠れている耳を引っ張った。
「だから明日、母上のところに行くぞ、お前もついて来い」
「いててて、オレが、明日〜? それがエザリア小母さんとの約束に関係あるわけ?」
話のつながりがいまいち見えなくてディアッカは確かめる。
「あぁ大有りだ」
大きく微笑み、楽しそうにディアッカの髪の毛をかき混ぜたイザークにまだ訳がわからない顔をしながら、ディアッカは渋々頷いた。
「小母さんにも最近会ってないから、別にいいけどさ」
その返事を聞いて、イザークはディアッカに向きなおる。整いすぎた顔を真正面から受け止めながら、ディアッカは未だによく見えない話の真意を読み取ろうと、透き通るサファイアの瞳をじっと見つめた。
「俺にとってお前は大事だ。でもそれは母上が大事なのとは種類が違う。同じくらい大事だが、どっちが上とかそういうんじゃない」
突然の告白にディアッカは軽く目を見開きながら、それでも一生懸命に話しているイザークに頷いてみせる。
「わかってるよ、そんなこと」
嬉しい言葉に、でもそれがどうやって小母さんに会いにいく話になるんだ、と探りながらディアッカは相槌を打つ。
「だから、約束を果たすんだ」
やっぱりわからない『約束』の内容に、ディアッカは痺れを切らして確かめることにした。
「でさ、その約束って一体どんな内容なわけ?」
ディアッカの言葉にイザークは一瞬言葉に詰まって、それから顔を真っ赤にする。
「それは秘密だ」
慌てるようにシーツを被ってもぐりこむイザークは耳まで真っ赤で、ディアッカはなんとなく内容がわかったような気がした。それでも教えてくれないイザークに、意地悪く追求する。
「ねぇイザーク、教えてよ」
「うるさいっ、俺と母上の約束だ、お前には関係ない」
シーツの下からくぐもった声を張り上げるイザークにディアッカは小さく笑う。
「なーんで、関係ないのについていかないといけないわけぇー?」
くすくすと笑いながら、シーツごとイザークを上から抱きしめる。ジタバタと抵抗するイザークはけれど、その下で同じように笑みを浮かべていた。
『指きりげんまん』
無邪気な子供の時にはわからなかった言葉の意味。
母上、見つけましたよ、母上と同じくらい好きな人を。ある意味では母上よりも好きなのかもしれません。母上が言っていたのはこのことだったんですね。
やっと俺もその意味がわかりましたよ------。