初 恋
「初恋は実らないんですよ」
年下のクセに悟りきったようなことを言うニコルにイザークは一瞬言葉に詰まった。代わりに突っ込んだのはイザークよりも年上のミゲルだ。
「なーにナマイキ言っちゃってんの? じゃ、ニコルの初恋はダメだったってことか?」
ガモフの食堂。
それぞれが好みのプレートを選んで席についてからしばらくしてのことだった。
「まぁ、僕の場合は初恋と言えるかどうか・・・小さい頃の話ですけどね、好きな女の子は別の子のことが好きだったんです」
幼稚園時代の話だ、とニコルが告白する。
「ニコルくんは大好きだけど、ロイの好きとは違うの、って」
今だってどこか中性的な印象の強いニコルなのだ。子供の頃のかわいさといったらきっと女の子を圧倒するものがあったんだろうと思うと、その子がいう「大好き」は同性の友達に向けられる種類だったんだろうとその場の誰もが思った。
「僕のことをナマイキというのなら、ミゲルはどうなんですか?」
黙ってやられたままじゃすまない、とニコルは水を向ける。
「あぁ、そりゃもちろん大成功・・・と言いたいところだけど、そう世の中上手くはいかねーよな」
ミゲルの初恋は幼年学校の3年のときだという。思いのほか遅いのにみんなが驚くと得意な顔になって金髪の先輩は説明する。
「本当に好きなんだ、って思ったのはあの子が初めてだった。あれはまさしく『恋』だよなぁ」
要するにマセガキが初恋とカウントするのはちょっとやそっとの『好き』じゃないのだ、ということらしい。そういう意味ならば充分に早すぎる年齢の話に誰もが納得した。
「で、アスランはどうよ?」
急に矛先を向けられて藍色の髪の少年は口に含んだコーヒーを噴出しそうになった。
「な・・・ごほっ」
「ラクスには言いませんから教えてくださいよ」
ニコルまで調子に乗ってそんなことを言う。むせかけた喉をどうにか収めてアスランは追求する二人にたじたじとする。
「そんなこと言われても・・・初恋・・・?わかんないよ」
全てにおいて鈍そうなアスランがそういうのに嘘はないんだろうな、と全員が思う。
「こいつなら、好きになってても自分で気づかないくらいの鈍さだもんな」
ミゲルがそういうと不満そうにアスランは視線をそらす。
「ところでイザーク」
ニコルだけだったらターゲットにされることはなかっただろうが、こいつがいるとなれば自分だけ見逃すことはありえない。名前を呼ばれて邪魔臭そうにイザークはミゲルを向いた。
「何だ」
「どうなのよ、イザークは」
ニヤニヤと思い切り楽しんでいる顔を隠しもせず先輩は後輩の答えを待っている。
「知るか」
そっけなく返したイザークにミゲルの笑いはなおさら楽しそうなものへと変わる。
「まさか初恋がまだなんてことはないよな」
アスランもだけどイザークも相当変わってるからなーと、ミゲルの手に掛かればアカデミー随一の優秀な二人もまるでお子様扱いだった。
「そんなこと関係ないだろう!!」
声を上げると共に席を立ってイザークは食堂をあとにする。そのイザークの耳に届くようにミゲルはみんなに向けて話し始めた。
「そういえばディアッカの初恋って知ってるかー?」
整備でその場にいないもう一人のパイロットの名前にイザークの足は一瞬とまる。目ざとくそれに気づきながら、意地悪く気づかないフリをして緑色の軍服を着た少年は話を続けた。
ただし、みんなに耳打ちするように小さな声で。アスランの耳を無理やり引っ張りながら。
イザークの影が食堂から完全に消えたのを確認すると、笑いながらミゲルは「俺も知らないんだよなー」と肩をすくめてみせた。
「なんだ、知らないんですか」
ニコルはがっかりしたようにいい、アスランは最初からどうでもよかったのに、という顔をする。
あららら、まったくわかりやすい。
ミゲルの呟きにニコルは「何がですか」と問いかけてくるが、「何でもないって」とそれをかわしてデザートのプリンを口にした。
キスをしようとしたディアッカはイザークに拒絶されて少しだけ不思議そうな顔をする。
「どうしたの、何かあった?」
「さっき、夕食のとき食堂で・・・」
自分がいなかったときのことを持ち出したイザークに、何かあったんだろうかとディアッカは心配になってその青い目を覗き込んだ。
「初恋の話になったんだ」
「初恋〜?」
ずいぶん突飛な話題だなと思いながらもディアッカはそこで何があったんだろうかといろいろと考えをめぐらせる。
「俺はすぐ食堂を出たんだが、ミゲルのやつがディアッカの初恋を知ってるふうな口ぶりで・・・」
不満というか不安というか。そんなイザークの様子にだいたいの事情が飲み込めてディアッカは小さく頷いた。
「なるほどね」
イザークはミゲルが自分の初恋を知っていることに悔しいと思ったんだろう。それと同時に相手が誰なのかが気になるに違いない。といってもミゲルの知ってるそぶりはカマかけなのだが。
「ところでイザークの初恋って誰なの?」
突然そんなことを言われてイザークはびっくりした顔をしてディアッカを見上げた。
「は、初恋って・・・」
「もしかしたら、オレ、とか?」
覗きこむ紫の瞳に、コイツは確信犯だとイザークは思う。だが、赤くなる頬はどうしようもなくて、無言でその答えをディアッカに示すことになる。
「ふふ、嬉しいな、イザークのそういう顔」
朱の差した頬に手を添えながらディアッカはそこへ唇を寄せた。
「うるさいっ、それより答えろディアッカ、お前の初恋って誰なんだ?」
しびれを切らしたイザークに、ディアッカはその唇を強引に塞いだ。
耳元でささやかれる名前にイザークの頬は一層鮮やかに染まり、深いブルーの瞳はあどけなく歓喜に細められる。
「オレの初恋はね・・・」