雑踏の中で 
 ふっと気を緩めたとたんに、隣にいたイザークがいつのまにかいなくなっていた。 
 
 人ごみの中。
 
 多くの人が行き交う仲で、ディアッカはあたりを見回してみる。
 別に手を繋いで歩いているわけじゃないから、少しくらい離れることはあるけれど。
 人ごみが苦手なイザークは一人になると機嫌が悪くなるから。
 それでもすぐに見つけられるから、心配なんてしてないけど。
 カラフルな街の色。
 派手なディスプレイのショウウインドウに、イルミネーションがやかましい看板。
 たくさんの人たちの中で、イザークを探すのには苦労しない。

 ・・・いた。 

 人一倍目立つ銀色の髪。
 まっすぐに揺れる髪は他にもいるだろうけれど、あんなきれいな輝きは他に見たこともない。その辺のモデルなんかよりずっと目立つ容貌に周りで人が振り返るのも目印みたいなものだった。
 そこだけ色が切り取られたみたいに鮮明に目に映る。
 イザークは特別な存在なんだ、とディアッカは改めて思う。
 目立つからじゃなく、イザークのオーラがディアッカに届くようで。それはまるで自分を求めるイザークのテレパシーみたいだと思える。
 見つけたついでに観察すると、イザークはしばらくしてからディアッカとはぐれたことに気がついたらしい。

 ・・・気づくの、遅いよ。

 心の中で文句を言えば、きょろきょろとあたりを見回しているイザークの姿に笑いが零れる。

 ・・・焦ってるわけ? 

・・・必死になってるの?

 落ち着きのない様子にディアッカは嬉しくなる。

・・・あんなイザーク、オレしか知らないんだよな。

 自分のことしか興味のないイザークが、唯一気にかける存在が自分であるということ。
 イザークの傍にいることが当たり前だということ。
 そんな些細なことが、大切だと思える。
 視線の先でイライラし始めたイザークにディアッカは立ち止まっていた場所から歩き出す。ポケットに手を突っ込んで、下を向きながらイザークの方を向かずに。イザークほどじゃないが、ディアッカも人目を引く色合いだから。



 気がついたらディアッカがいなかった。
 当然のようについてくるディアッカを振り返るなんてほとんどしないから、気づくのがだいぶ遅れたらしい。見たらあの目立つ金髪の影も形もなかった。


 ・・・ディアッカのやつ、何してるんだ。

 ・・・こんなところではぐれやがって。

 あたりを見回してみれば、休日のこんな時間に一人で歩いているのは自分くらいで、イザークはますます居心地が悪くなった。
 そうじゃなくても人ごみなんて嫌いなのに。
 嫌でも目立つ自分を自覚しているイザークは、一人で街を歩くのが嫌いだった。せめて隣にディアッカがいれば、少しは中和されて目立たなくなるからと思って出かけることを承知したのに、いつのまにか一人になっていた。
 慌ててあたりを見回してみる。
 カラフルなショウウィンドウがうるさくて、一人でいるイザークに無遠慮に向けられる視線が突き刺さるようだ。
 いたたまれなくなって、どこか店に入ってしまおうかと思ったときに、イザークは見つけた。

 ・・・いた。

 ・・・何を下向いてるんだ、あいつ。

 目に入った瞬間に、周りの色彩がすべて色をなくした。
 鮮やかな金髪。背が高いくせにわざと小さくなって下を向いてるから余計に波打つ金色が目に入る。モノクロ写真に間違ってカラーの人物が紛れ込んだような錯覚。
 さっきまで目障りだった看板の色も、街頭に流れる流行っている音楽も、見えない壁の向こうに押し込んでしまったみたいに、今のイザークには届かなかった。
 たぶん、ディアッカじゃなかったら、人ごみから誰かを探し出すなんてイザークには到底無理な話だった。
 苦手な雑踏の中で、誰かを探すなんて神経戦、やりたくもないと思うから。
 ただ、相手がディアッカだから。
 ディアッカなら絶対に見つけられる自信があるから。どんな人ごみでも見つけられるし、自分を見つけると思うから。
 だから、視線を上げて見回して、見つけた。

 ・・・隠れてるつもりか?

 こっちを見ようとしないディアッカが何を考えているんだろうと思いをめぐらす。

 ・・・まさか俺に気づいてないなんてことはあるまいに。

 そして、気づいた。
 すぐ、近く。
 数メートルの距離までまっすぐに近づいてきて、顔を上げたディアッカが笑いながら俺をみたときに。

 ・・・そうか、こいつも同じなんだ。

「遅いぞ、ディアッカ」

 睨んでみせると頭をかきながら、ディアッカが「悪い、悪い」とやってくる。
 そして、自然にイザークの腕を取って歩き出す。

 ディアッカもイザークと同じくらい目を引く存在だった。
 金色に褐色の肌にアメジストの瞳なんて、そうはいない組合わせに、すらりとした体型は何度もモデルと間違えられたこともあるほどで。

「なんで、腕組んでるっ、お前っ」
「だってぇー、こうしないとイザーク迷子になっちゃうから」

 おどけてそういいながら、イザークも腕を解くでもなかった。

 雑踏の中、二人はそろって歩く。
 カラフルな街中で、それ以上に艶やかで華やかな二人が。
 人目も構わずに、笑いながら、これ以上ないほどに目立っているのも知りながら。
 お互いの隣にいることが当たり前だという、そのことが心から嬉しいと思いながら。
 なんだか、ただただ楽しくて。
 
 いつまでも腕を組んだまま、歩き続けた。