「――愛は寛容にして慈悲あり、愛はねたまず、愛は誇らず――」

 パイプオルガンの余韻の残る教会に牧師の声が響く。

 天窓から日の光の射し込むその場所で、背筋を正した二人は問われて誓いの言葉を述べた。

「ディアッカ・エルスマン、健やかなときもそうでないときも、この人を愛し、敬い、なぐさめ、助け、命の限りかたく節操を守り、ともに生きることを誓いますか」
「はい、誓います」
「イザーク・ジュール、健やかなときもそうでないときも、この人を愛し、敬い、なぐさめ、助け、命の限りかたく節操を守り、ともに生きることを誓いますか」
「――誓います」

 そして二人の新郎は、互いに目を合わせて微笑みあった。
 ―― Would you marry me? ――
 地球プラント間の二度目の大戦で、プラントは多くの人命を失った。連合軍の攻撃により直接プラントが撃たれたために軍属以外の一般市民の犠牲が大きく、もともと多くはない人口が激減した。
 それを受けてプラントでは大きな法改正が行われた。婚姻制度が変わったのだ。
 従来の婚姻統制下では、結婚は相性のよい男女がするものという前提があったので、実際のところ若年層における婚姻率は高くはなかった。恋愛の対象と相性の良し悪しは必ずしも一致するものではないから、恋愛関係を続けているために結婚をしない男女が多かったのだ。
 その一方で恋愛における道徳観は自由だった。子供を作ることはイコール人工授精だったから、セックスは純粋に恋愛の一要素にすぎず、また同性同士の恋愛もタブーではなかったのだ。
 恋愛は男女のかかわりなく好きな人を大切にする、そんな意識が当たり前のように浸透していた。だが、やはり家の存続を望む家系においては受け入れられるものではなく、同性恋愛を隠しているカップルが多いのも事実だった。
 

 そこでプラント政府は婚姻法を大きく改正した。
 その主な内容は以下のとおりだ。

・ 同性婚や男女間の受精確率に関わらず結婚できること。
・ 条件としてそのカップルの間で二人以上の子供を持つこと。
・ その子供は必ずどちらかの遺伝子を引き継ぐこと。
・ 「子」の誕生形態は婚外子でも、代理母でも構わない。
・ 制度の悪用を企むブローカーによる近親婚のリスクを避けるために、精子バンク、卵子バンク、代理母のコーディネイトは政府が管理すること。

 その結果として、婚姻統制で結婚が出来ないからと結婚をしなかった恋人同士の多くが結婚をし、婚姻率は急速に上昇した。まさしく政府の狙いは成功したのだ。
 そして、その増加した新規の婚姻関係のうち三分の一が同性婚だった。




 目の前でイザークは白い指先でフォークを操り、最後に残った肉を口に運んだ。
 それにあわせるように店内の照明は一段階落とされて、遅くに入店した自分たちを待っていたのだというのがディアッカにはわかった。


 二人は同じ家に住んでいる。
 軍の官舎ではなく、小さな戸建ての家を郊外に買ってそこから職場に通っていた。もはや二人の関係は公然のものだった。
 戦争の間も二人の仲のよさはもともとの同僚という以上に親密だと思われていた。上司と部下であるにも拘らず言葉遣いは対等でその上公私ともにほとんど時間を一緒にいるのだ。しかもその一方がイザーク・ジュールなのである。見目麗しいとほめ言葉に不自由しない容姿。誰もが一度は女性じゃないのかと疑うほどのその外見とギャップする激しい気性。なのに二人はいつだって傍にいてなんだかんだといいながら相性ばっちりで戦場においても事務作業においても完璧な仕事を次々と片付けていくのだ。こんなにうまくやっていけるなんて半端な仲じゃありえない・・・。どんなに疎い人間だって年の単位で傍にいたなら気がつくというものだ。
 おまけに女性の人気は圧倒的でその扱いも一日の長どころか人の数倍長けているというディアッカ・エルスマンが特定の彼女を作らないというのも思わせぶりな噂に説得力を持たせていた。
 そんな二人はあるときから一緒の家に住み始めた。それはごく親しい人間にだけ知らされた事実だが本人たちの知らない間に相当広い範囲に知れ渡っていて、それがつまり公然の仲であるということだった。
 そしてよほどのことがない限りは出勤も帰宅も一緒だった。余程のこととはシフトが違うとかイザークに会議が入ったとか仕事上での都合だ。だから早い話、二人はいつも一緒なのだ。
 今日もイザークの会議が予定よりも遅くなったがディアッカも仕事がたまっていたので残業をしてイザークの戻りを待って帰り道にある店で夕食をとることになった。
 食事に関して二人は陸上勤務のときはなるべくいろんなお店に出かけるようにしている。ディアッカの料理は文句ない腕前なのだが、宇宙に出てしまうといつも戦艦の中で変わりばえのしない食事になるから、地上にいるときはいろんな店を回って食事を楽しもうというわけだ。それに料理や後片付けに時間を使うよりもその分の時間を自由に使えるためにお金を使うというのであれば二人にとってそれは無駄でも贅沢でもなかった。そうして今日もそのルールにのっとって外食をしたわけだ。


 店内には落ち着いた曲が流れていて、適度に雑音を遮り他のテーブルの会話は聞こえてこない。
「食後のお飲み物は何になさいますか」
 メインディッシュの皿が片付けられたのを見てタイミングを逃さずに皿を下げながらテーブルの担当が声をかける。
「コーヒーとこっちは紅茶。ウバセイロンがあればそれのストレートで」
 イザークのオーダーを確認するまでもなくディアッカは向かいに座る上司の分まで流れるように注文をした。
 かしこまりました、とお辞儀をするのを横目で確認しながらディアッカは満足そうなイザークの顔を眺めていた。
「うまかった?」
「あぁ、結構いい店だな」
 初めての店にしては上出来だ、とイザークは笑う。この店を見つけてきたのはもちろんディアッカだ。
 その笑顔を見ながらディアッカはズボンのポケットに手を入れるとしばらくごそごそとやってからゆっくりと何かを取り出した。
「というわけで、はい、これ」
 何の前置きもなく、ディアッカはイザークに小さな箱を差し出した。
「何だ?」
 首をかしげてイザークはそれを受け取る。
 四六時中一緒にいるのだから渡したいものがあればいつだって渡せるのに、わざわざこんなところに持ってきたディアッカにイザークは相変わらずマメだなと呟きながら箱を開けた。
「というわけで、と言われても俺には訳がわからな・・・」
 イザークはそこで言葉を失った。

 視線が手の中に釘付けになる。
 ディアッカに渡された小さな箱。
 その中にあったのは。

「―――ディアッカ」
「なに?」
 その顔は笑っていた。
 まるでイザークの反応を楽しむかのように。いや、実際楽しんでいるのだろう、アメジストの瞳には悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。
「まだわからん。なんの流れで『というわけ』なんだ」
「だーかーらー、ほら」
 にっこりと笑いながらディアッカは向かいのビルの壁面にある大型のモニターを指差す。そこにはニュース番組が流れ、女性キャスターが今日施行された重要な法案を解説している姿が映し出されている。
「新婚姻法・・・?」
「そう。内容くらいは知ってるでしょ」
 それにイザークは頷き、そうしてその箱の意味を本当に理解して目を見開いた。
「お前・・・」
「今更かっこつけてシチュエーション整えるのもな、って思ったんだけど。とりあえずちゃんとした場所で渡しておこうと思って」
 家でパジャマのときよりはマシでしょ、そう笑いながらディアッカはイザークの手から箱を取り上げると改めてそれをイザークへ向けて差し出した。
「俺は女じゃないぞ」
「知ってるよ」
「じゃあなんで・・・」
 指輪なんだ、とイザークは言葉に出さずに視線で訴えた。
「んー、他に思いつかなかったから」
 臆面もなくディアッカはいい、イザークは今更ながらにその性格に呆れたが、それの意味することの重さに気が付いてからかう言葉は出なかった。
 目の前の褐色の手のひらの中にあるのは黒いビロードのジュエリーケース。その中に納まっているのは大きなダイアモンドが輝くプラチナの指輪。
「プリンセスカットっていうんだって」
 真ん中に収まる天然石は正方形で上品な輝きを放っている。
「プリンセス・・・?」
「カッティングの名称だよ。一般的なラウンドブリリアントよりもイザークらしいと思ったから」
 正方形の石の中に間接照明の光が入り込んで、シンプルな形なのに複雑な輝きを放っている。
 それはディアッカが思うイザークの姿に通じるものだった。融通の利かない性格は真四角の形に、単純と思われがちな性格の内側に繊細な部分を隠し持っていて、そして誰よりも輝いているのはその輝きのまま。宝石店でそれを目にしたときに一目惚れしてしまったくらいにイザークにふさわしいと思った。
「・・・」
 じっと指輪を見つめたままイザークは何も言わない。

「結婚しよう」
「・・・」
 イザークの視線は指輪に釘付けのままだ。

「結婚してください」
「・・・」
 それでもイザークは答えない。

「結婚したい」
「・・・煩いぞ!さっきから聞こえてる」

 怒って睨みつけるそのアイスブルーの瞳が気のせいじゃなく潤んでいるのにディアッカは気がついて、そっと手を伸ばして銀色の髪を撫でてやった。
「何するんだ、子供じゃないぞ」
「わかってるよ。子供じゃ結婚できないし」
 にっこり。
 バカみたいに嬉しそうな顔をしているディアッカを見てイザークは何も言えなくなった。
 本当はあれこれ言いたいこともあったはずなのに。
「お前は、何でもかんでも・・・っ」
「ん?」
 テーブルの上で白い手がぎゅっと握られる。
「手回しが良すぎるんだ! 俺だってな、新婚姻法のことは知ってたし、時間ができたらちゃんと話し合ってそういうこと考えようと思ってたのに・・・!」
 なのにまさか法律の施行されたその日にプロポーズされるなんて。
「善は急げっていうでしょ」
 屈託なくディアッカは言い、今度こそイザークは何も言えなくなった。恨めしそうに恋人を睨む。
「話し合いなんて一緒に住むときにさんざんしたじゃん。俺としては今の状況は事実婚だと思ってるわけだし、イザークだってそうだろ? だったら考えることも話し合うことも今更だよ。唯一足りなかった法律上の契約ができるようになったんだから、それを無視する理由もないでしょ」
 二人で一緒に住むと決めたときにお互いの親に恋人同士である事実を話した。それが親に対する責任だと思ったからだ。孫を望む親に対して誠意をもって懺悔と謝罪をして。そして二人は認められた。
「だが、他にもいろんなことで結婚となると話は違ってくるんだぞ・・・」
「大丈夫、ちゃんと考えてあるから。・・・それでも答えは聞かせてくれないわけ?」
 テーブルクロスの上で握られた拳の上に手のひらを重ねて改めてディアッカは訊いた。紫の瞳がまっすぐにイザークを射抜く。

 強請るように訊く恋人にイザークは黙って箱をつき返した。
 驚いて目を瞠るディアッカに何も言わずにイザークは左手を差し出す。その意味を理解したディアッカは途端に笑みをこぼし、箱の中からプラチナのリングを取り上げた。そして恭しく白い手を手のひらに戴くと薬指に指輪をゆっくりとはめる。確かめるように手を傾けるとジャストサイズのリングが白く細い指でキラキラと輝いた。 
 イザークはキラキラと薬指で輝くリングをじっと見つめている。 

「本当はこういうのは俺から言いたかったんだぞ!」
 何事もけじめが大事だといつも言っているイザーク。考えてみればこれほど重大なけじめも人生にそうあることじゃない。
「えぇっと、ごめんなさい」
 ぺこりと頭を下げて謝るディアッカにイザークは小さく息をついた。
「まったく・・・」
 薬指に輝くダイアモンド。台座に半分埋め込むような極めてシンプルなデザインのそれは確かに女性向というよりは男性向きなのかもしれない。新婚姻法を当て込んだ商品なのだろうか。
「リングの部分は少し太めにアレンジしてもらったんだ」
 ほら、イザークって細いとは言っても男だし、と嬉しそうに笑うディアッカにイザークは不機嫌に告げる。
「でも普段は着けられないぞ」
 いくら同性結婚が認められたからといって婚約をおおっぴらにしたいとは思わなかった。何より軍人という職業にアクセサリーの類なんて邪魔なだけだ。
「あぁそれは大丈夫」 
 そういうとディアッカはポケットから皮製の巾着を取り出した。入り口を開けると手のひらに零れ落ちたのはプラチナのチェーン。
「いつもはこれで提げててよ」
 手のひらからボールチェーンを摘み上げて準備万端なことだな、とイザークは呟くとそれを押し返す。不思議に思ったディアッカの目の前で悠然と笑う。
「もらった日くらい着けててやる」
 大事そうにプリンセスカットの石を撫でる指先にディアッカの目は零れ落ちそうなくらいに垂れ下がった。

「お待たせいたしました、紅茶でございます」
 タイミングを見計らったようにウエイターが食後の飲み物を運んできた。ティーティーポットとカップ&ソーサー、それにディアッカにはコーヒーを。そして二人の間に置かれたのは小さなケーキの載った皿。
「あれ、こんなの頼んでないけど」
 甘いものを食べないわけではないが普段の夕食にデザートはつけることの方が少ない。ディアッカの疑問にウエイターは頷きながら説明をした。
「私どもからのお祝いでございます」
 テーブルの上に置かれたジュエリーケースとイザークの左薬指に輝くダイヤのリング。話の詳細を聞いていなくてもこんな店ならば客の事情はわかるということなのだろう。
「参ったな・・・、ありがとうございます」
 ディアッカは言って、ウエイターは下がる。イザークは恥ずかしそうに下を向いたままだった。
 テーブルの上の皿には小さなホールケーキと添えられたキャンドル。チーズケーキと思しきそれはミニバラが飾られていた。
「分けて食べろってことかな」
 ディアッカが言うとイザークは視線を逸らしたまま言った。
「こんなところでケーキ入刀もないだろう」
 その言葉にディアッカは笑った。
「すごいね、イザーク! オレそんなこと思いつかなかったよ」
「ふん、俺はお前と違って想像力が豊かだからな」
 紅茶を口に運びながら得意げに言うイザークにディアッカはケーキを切り分ける。
「それじゃオレが今何考えてるかわかる?」
 ケーキを載せた皿をイザークの前に置きながら笑う。それにイザークはしばらく考え込み、そして意地悪く口の端をあげた。
「言っておくが、余興でも何でも絶対にドレスなんか着ないからな。そんなこと言い出したら即刻別れてやる」
 見事に言い当てられてディアッカは「さすが!」と残念そうに、けれど嬉しそうになる。
「絶対似合うと思うんだけどなー、ウエディングドレス」
 イザークは肌が白いからさー、となおも言い続けるのに構わずイザークはケーキを食べる。チーズケーキはイザークの口に合ったようで黙々と食べるのが何よりの証拠だった。
「軍人の正装は軍服だぞ、それ以外ありえん」
 きっぱりと言う上官にディアッカは勘弁してよーと声を上げた。
「イザークは白だからいいけどさ、オレ緑だぜ。晴れの日に緑は着たくないなぁ」
「何を今さら言ってる?いつも二人で並んでるじゃないか。緑だろうが何だろうがお前がお前であることに変わりないだろうが」
 イザークの言うことは正しいがディアッカとしては複雑な心境だ。せめて自分が赤を着ていたらと思う。赤服と白服ならばまだ立場は近い。けれど緑というのは完全な部下だ。新郎新婦(?)として並ぶには遠慮したい組み合わせだった。職場での上下関係を家庭でそのままやってるわけじゃないと周知の事実だけにそのギャップを考えたらいいネタにされるのがオチだ。 
「けどさ、エザリアおばさんならタキシードを着てほしいんじゃないかな。あの人昔からイザークがパーティで正装した姿見るのを好きだったじゃん」
 思いつきにしてはナイスだ、とディアッカは小さく心の中でガッツポーズを決める。イザークの弱点は今も昔も母親だった。
「っ、それは・・・」
「その辺のことはまたじっくり話せばいいじゃん」
 にっこり笑うディアッカに文句を言うわけにもいかずイザークはしぶしぶ引き下がる。
「そういうことにしてやる」
「はいはい、ありがとうゴザイマス」
 結局いつもの通りだった。
 なんだかんだとイザークはディアッカに丸め込まれてしまう。でもそれはイザークの希望に沿うものだからイザークが不本意に思うのは話の内容じゃなくて自分への扱いなのだけれど。
 紅茶のカップを口に運ぶとディアッカの視線が左手に注がれているのに気がついた。
「・・・なんだ」
「いや、似合ってるな、と思って」
 イザークの指に嵌められたリングは彼のためだけに作られたのだと思えるくらいに馴染んでいた。
「似合わないものを買ったつもりだったのか」
「違うよ。ちゃんと似合ってるから嬉しいんだよ」
 給料の3か月分っていうけどさーオレって薄給だし、とディアッカは笑う。
「それは残念だったな。赤だったらもっと良い物がもらえてたのか」
 イザークはもちろんディアッカだって育ちがよいから物を見る目は肥えている。審美眼が鍛えられてるというやつだ。そんなディアッカが選ぶものだからもちろん品が悪いなんてことはないがイザークはからかうネタを見つけて楽しそうだった。
「ひでーな、それだってちゃんとDカラーだしクラリティだってVVS1なんだぜ」
 小さくても最高の品質のものを。それはイザークの基準にも適っている。
「ほぉ、それはがんばったな、安月給が」
 にやりと笑うイザークにディアッカは参った、と降参してみせる。今はどんなことを言われたって嬉しくなってしまう。自分の選んだリングをイザークが嬉しそうにしてくれている。それだけで充分ノックアウト級の幸せなのだから。
「・・・『その日』が来たってことか」
 イザークの呟きにディアッカも気がついて深く笑う。
「そうだね」
 叶うわけがないと思って交わした小さな約束。それが思いがけず叶えられてしまったのだ。嬉しくないわけがなかったし、お互いに忘れていなかったこともまた嬉しさを倍増させる。
「帰ろっか?」
「あぁ」
 立ち上がりディアッカはイザークに手を差し出した。それにイザークは左手を伸ばす。 
 エンゲージリングの輝くその手を。
 ディアッカは嬉しそうしてイザークも笑みを隠さなかった。






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