「明日にはお前への処分が決まる」
壁を隔てて白い服を纏った幼馴染が告げた。
「そう」
壁のこちら側は囚われの身だ。着ているのは軍服ではなく、簡素な私服。
「ずいぶん快適そうだな」
見下ろす視線が部屋の中を見渡して言う。
「そりゃ捕虜生活に比べればね。水が合うっていうの?やっぱプラントの人間ですからね」
コーディネーターと言わない言葉に白眉が寄せられた。
「…地球にいた方がよかったんじゃないのか」
捕虜となって戻ってきたプラント。確かに生まれ育った故郷ではあるが、脱走した挙句に裏切った兵士への処分は甘いものなんかじゃない。
「それ、本気で言ってんの?」
ベッドの上に腰掛けたまま視線だけで上を向く。捉えたのは変わらないブルーの瞳。
「下手をすれば…いや、かなりの確率で極刑は免れないだろう。それをのこのこ戻ってきてよかったのかって言ってるんだ」
苛立ちを隠さない言葉。それすらまるで変わらない。
「ノコノコって亀じゃないんだからさ。刑の重さくらいはわかってるよ。それでも俺なりに考えて戻ってきたんだ。今さらどうこう言わないでくれない?」
言いながら思いつく。そういえば、プラントに戻ってから二人で話をするなんて初めてだった。イザークは昇進して忙しく、こちらはすぐに収監されたのだ。今さらとかじゃなく今しか言えないのか。
「お前なりの考えって何だ?俺はそんなの聞いてない…」
「イザークに言うような話じゃない」
もしかしたら、これきり会うこともないのかもしれない。ふと、そんな予感が頭をよぎった。
地球でのあの日。バスターのハッチを開けながら投降して思ったのは何だったっけ?
もう一度イザークに会いたいと思ったんじゃなかったか?
「ディアッカ…」
「…悪い。さすがにちょっとナーバスになってんだ。俺がプラントに戻ってきたのはプラントでできることをしたかったからだよ」
あのまま地球にいてもいいのかもしれないと思ったことがないわけじゃない。
ナチュラルというのはとてもいい奴ばかりで居心地もよかった。オーブにいればコーディネーターは迫害されないで済むし、自分の能力を生かしていけることもわかっていた。
だけど、そのとき思い出したのは自分がどんなことのために命をかけて戦ったのかということで。死んでいった同僚たちが守りたかったのは何かということだった。
そうしたらやっぱり答えは一つしかでなかった。
「プラントに戻るなら正規の手続きを踏まなきゃいけないって思った。だからここにいる」
プラントに戻るだけなら別にZAFTに籍をおく必要もないだろう。だけど、ZAFTにはイザークがいた。
あの戦いの中で一人になっても戦い続けたイザークは、この先もきっと平和のために戦い続けるに違いない、そう確信していたから。
「あっちにいてもプラントのために何かをすることはできるかもしれない。だけど、それじゃ意味がないんだ。俺はプラントにいてプラントのためにできることをしなきゃならない、そう思うから」
「…それは、俺だって同じだ」
俯くと銀色の髪がさらりと揺れた。
「知ってる。だからその服着てるんだろ?」
純白の軍服。最年少の隊長は凛々しく美しい英雄だ。
「嬉しいよな、実際。ずっと離れて違う場所で違うこと経験してきたのに、たどり着いた結論が同じっていうのはさ、なんつーか、通じてるみたいで」
この先、どうなるかわからない立場で。それでも目指すものが同じだというのは素直に嬉しかった。
「どうなるかなんてわかんねーけど。そのときその場所でできることをするしかないと思う。だからさ」
立ち上がるとベッドがぎしりと軋む。
隔てている壁は透明な強化アクリルガラス。手のひらを押し付けると冷たさが伝わってくる。何も言わずに重なる手のひら。温度くらい伝わってくれたらいいのに。
「イザークはイザークのやりたいこと、信じる道を進んでほしい。ほんとはオレ、プラントに戻りたいんじゃなくてイザークの傍に戻りたいんだ」
「…後出しジャンケンかよ」
「え?」
手のひらはぴったりと重なったまま。ゆっくりと指が握られる。
「気を抜いた途端に爆弾ぶちまけやがって」
「爆弾、て…」
「だいたい、通じてるみたい、じゃなくて通じてなきゃおかしいだろうが!どれだけ一緒にいたと思ってるんだ!あいにくと価値基準の合わない人間といつまでも一緒にいられるほど器がデカくないんでな、お前が戻ってきた時点でそんなことわかってたさ」
まくし立てる口調はいつのまにか隊長ぶったものじゃなく、昔から知ってるただのイザークになっている。
「イザーク…」
「御託をさんざん並べたと思ったら、最後の最後で傍に戻りたいだと?!ふざけるな!だったら最初からそう言いやがれ!」
ぶちきれて、ガラスを叩きつける。
「…ったく、まんまイザークじゃんかよ」
「うるさいっ」
自分の手のひらを握り締めるしかできないのがもどかしい。
「オレが宥めてやらないといけないなんて思いたくないんですけど」
「そんなこと頼んでない」
俯く肩が震えているなんて、やめてくれ。戻ってきたのは泣かせるためなんかじゃないんだ。
「明日の朝、出航する・・・。だから俺は宇宙にいる」
「わかった」
極刑の場合には一週間以内に刑が実行されることもある。そうしたら、もうイザークとは会えないのだ。
「イザーク、顔…あげてよ」
青い目はやっぱり涙で溢れそうだった。
「キスできないんだから、泣くなよ」
「できなくなんかない…」
言って桜色の唇がガラスに触れる。重ねるように押し付けた唇は冷たかった。
初出:「噂になってみる?」2007.10.7