「勝負?」
ミハエルが言い出した話にディアッカは面倒くさそうに聞き返した。
ジュール隊の詰める建物の一室。
「えぇ、どちらが副官にふさわしいか早い段階で決めて欲しいとは思いませんか?」
あくまでも自分の立場は正式なものなのだ、とミハエルは言う。
「ふさわしいとかそういう問題じゃねえよ。いまさらオレが副官降りてどうなるんだよ」
ジュール隊へと正式に戻ったディアッカが副官を降りるというのは奇妙な話だった。そんなことは少し考えてみればわかることで、自分が言っていることの無茶さ加減を理解しているミハエルは唇をゆがめて続ける。
「でもあなたは一般仕官、僕は赤ですから本来なら隊長に次ぐ地位にあるのはどちらがふさわしいのかっていう話ですよ」
一部隊の隊長を補佐する役目はその隊に配属されている赤服のエースが担うことが多い。ディアッカが配属になるまでのシホがそれだった。だが、ディアッカがZAFTに復帰するにあたりイザークが身元引き受けのようにそばに置くことと降格処分を条件にしたことからジュール隊では例外的な扱いながらもディアッカが副官に納まっていたのだ。異例な扱いであってもディアッカが実力を示したことで隊員はそれをそのまま受け入れて今に至る。今さら副官の着る軍服が赤だの緑だのを気にする状況にはなかった。しかしそれがミハエルには受け入れられないらしい。エリートは正しくあることを常に求めたがる。例外とか異例というのは極端に避けてとおり、それが自分の進路に立ちふさがるとなれば尚更認めたくないのであろう。
「仮にその勝負をしたとしてオレが負けたらどうなるわけ? 副官をお前に譲ってオレはどっかに飛ばされるのか?」
ディアッカの問いにミハエルはしばらく考えて口を開く。
「そうですね。それもいいかもしれません。邪魔な人間は近くにいないほうがいいですから。隊長の公私ともを支える人間は一人でいいわけですし」
挑発してくる薄灰色の瞳にディアッカは構わない。
「じゃぁお前が負けたらどうするんだ?」
まるで自分が負けたときの扱いなんて本当はどうでもいい、こっちが本題だとばかりに切り替えたディアッカにミハエルはキッと視線を向ける。
「そのときは異動でもなんでも構いませんよ。負けた人間はジュール隊には不要でしょうから」
どこまでも自信満々なミハエルの態度にディアッカは笑った。
「すっごい自信だな、お前。そうとう成績がよかったわけ?」
「6位卒業のあなたよりはいいでしょうね」
しっかりとディアッカについてのデータも調べ上げている、そう言外に含ませてミハエルはディアッカに向いた。
「どうです?」
改めて切り出す言葉にディアッカは数瞬考え込む。
「避けて通るよりは早く片付きそうだな、やっぱり」
本当はイザークをかけた勝負なんてしたくないのだが・・・こうなっては致し方ない。血気盛んなエリート君を早いところ黙らせてやるには相手の望む方法で負かして納得させてやるしかないだろうとディアッカは他の方法をあきらめた。
「で、どんな勝負?」
「それはまた改めて・・・」
「俺が決めてやる」
突然、ドアを開けて白い服の裾を翻しながら隊長が現れた。どうやら外で話を聞いていたらしい。盗み聞きなんてらしくもない行いにディアッカは苦笑する。
「隊長」
「聞いていたわけ?」
ディアッカの指摘にイザークは視線で言葉を封じ込める。
「俺もどうにかしないといけないと思っていたところだ。お前たちが自分でどちらがふさわしいか決めるというのならそれが手っ取り早いだろう」
「手っ取り早いって・・・」
自分の副官の去就に興味はないのかといいたくなるようなぞんざいな言い方にディアッカはイザークを控えめに非難する。
「ぜひそうしてください、隊長」
だが新人の副官は強力な味方を得たとばかりにイザークの言葉に大賛成だ。
「勝負は俺が判定してやる。二人同時に同じプログラムのシミュレーションをして、その内容を見る、これでどうだ?」
イザークが言うことにミハエルは自信満々の顔で頷きディアッカは疑問を口にした。
「副官を決めるのにシミュレーションだけ?」
シミュレーションで見られるのはパイロットとしての能力であって、副官に必要とされる事務処理能力などそれで判断できるものではない。
「副官といえど、ジュール隊の隊員である以上優秀なパイロットであることが大前提だ、何か文句あるのか」
自分を向いたイザークにその褐色の肌の人は苦笑した。イザークは根っからのパイロットなのだ。隊長として隊を取り仕切りながら結局はMSでの戦闘を一番重く見ている。そしてジュール隊の副官である以上一番に求められるのはモビルスーツのパイロットとしての能力なのだ。副官の地位がどうのこうのと言っている新人であってもパイロットとして使えないのであれば問題外だ、と言いたいらしい。
「いーえ、別にありません」
そうして。
ディアッカとミハエルの新旧副官の対決という異例の訓練、が実施されることになったのだった。
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