「イザーク!」
 会議を終えて廊下に出たイザークは自分を呼ぶ声にその方向を振り向いた。そこには緑色の軍服を着た見慣れた幼馴染の姿がある。
「ディアッカ、どうしたんだ、迎えなど聞いてないぞ」
「ちょっと話がある」
 そういうとディアッカはイザークの手を引いてぐんぐんと歩き出す。
 ただならぬ様子のディアッカにイザークはされるままにして軍本部を後にした。

「どういうことだよ?!」
 人通りの少ない道に出るとディアッカは路肩にエレカを止めてイザークに問いただした。
 ミハエルの言葉を確認するためにディアッカはイザークを迎えに来たのだ。
「どうって・・・」
 答えに困ったイザークはそれしかいえなかった。
「お前、あんな奴とキスしたのかっ」
「・・・した。だがあれは仕方がなかったんだ」
下を向いて言うイザークにディアッカはその両肩を掴んでさらに問い詰める。
「仕方がないってどういうことだよ? お前は隊長なんだぜ、どうして新人なんかに振り回されてんだよっ」
 ディアッカの言い方にイザークはカチンとして向き直った。
「お前があんなところでキスなんかするからいけないんだ! 人目があるからやめろと言ってるのに大丈夫だなんていうから。ミハエルに向かってお前と俺は恋人同士だなんて認めればよかったっていうのか? 今までばれないようにしてきたのが水の泡になるんだぞ、そんなことできるかっ」
 そもそも悪いのはディアッカだ、とイザークは言いたかった。いつも人目を気にして気をつけるようにしているのは自分の方でディアッカは平気だといって気にしない。それのせいで面倒なことになったのに、自分がミハエルの口を封じるためにしたくもないキスを甘んじて受けたことをこうも一方的に攻められるなんて納得できるわけがない。
 イザークの言ったことにディアッカは黙り込む。確かに自分の軽率が原因ではある。だがそれにしたってどうしてキスなんて許したんだと怒りにも似た感情がわきあがるのは抑えられない。
「だからってキスなんてしなくてもいいだろ!!・・・おかげでアイツは予想外の動きをするかもしれないじゃないか・・・」
 怒りの感情をなんとか抑えながらディアッカは言う。ディアッカはイザークのもとを離れている間にミハエルがイザークの失脚を狙って起こす行動をいくつか想定してその対策も考えていた。だがミハエルの目的がイザーク自身に変わったとなればそれも意味がない。
「予想外って何だ、なんかあるのか?」
 ミハエルの背後を知らないイザークはディアッカの言うことの意味がわからなかった。だがディアッカはイザークに必要もない心配を与えたくなかった。ランドエルのことを言えば、母親思いのイザークはエザリアのことを心配するだろう。そんなことにはしたくはなかった。
「あいつがエリートとしてのプライドで副官の地位にこだわるのと、イザークの近くにいることが目的で副官に執着するのとじゃ全然違うだろ。そーいうことだよ」
 ディアッカの言葉にイザークは複雑な顔をする。自分が良かれと思ってしたことが余計に事態を悪化させるなど思ってもいなかったのだ。本意ではないと言っても責められても仕方がないかもしれない。
「そんなことは俺には関係ない。仮にお前が本当に転属になってミハエルが副官として傍にいたってそれはただの部下だ。俺の隣にいるのはお前以外にいない」
「イザーク・・・」
 それだけ言ったディアッカにイザークは向き直って紫の目を覗く。
「わかってんのか? 俺はお前以外の存在なんてどんな地位にいようともどんなエリートだろうとも全部同じ、その他大勢なんだからな!」
 はっきりきっぱりと告げてイザークはふんっ、と鼻を鳴らす。すると目の前の少し垂れた双眸が甘く細められた。
 まったく、とディアッカは思う。もう少し器用ならミハエルに付け入る隙なんて与えないでややこしい事態になんてならないで済んだだろうに。だけど、それが逆にイザークの魅力でもあって、だからこんなふうに突拍子もなく愛の告白なんてしてくれるわけなのだが・・・。
 小さく息を吐いた恋人にイザークは不審そうに視線をあげる。
「ま、そーいうイザークだからオレがいなくちゃ、なんだけどな」
 ディアッカの言葉にイザークはくしゃり、と嬉しそうに表情を崩した。その顔にディアッカは腕を伸ばして頬にそっとキスを落とす。
「じゃ、ここは一つ、隊長に問題解決してもらいますか」
 そう言ってイザークの青の瞳を確かめるように覗き込む。「隊長」という呼び方に眉を顰めながらもイザークは頷く。
「当たり前だ。だが贔屓はなしだからな。お前が実力でミハエルを黙らせろ」
 命令、とも取れる言い方にディアッカは「はいはい」と言いながら運転席に座りなおす。
 もとよりそのつもりだ。イザークの隣を誰にも譲るつもりなんてない。そのためだったらどんな手を使ってでもミハエルを副官の地位から叩き落とすくらいはしてやると思ってさえいた。ただイザークは卑怯なことを嫌うから、そんな手を使うことないのだろうけど。
「帰るよ、いい?」
 ディアッカが訊くとイザークはシートから一瞬体を浮かせて伸び上がり、ディアッカの頬にそっと唇を押し付けた。
「もう絶対に隊員がいるような場所じゃキスなんてさせないからな。これは夜までの封印だ」
 そんな理由をつけてキスをしてくるイザークがかわいいとディアッカは思った。
 やっぱりこんなイザーク誰にも見せたくない。自分だけのものだ。そう改めて思って口元だけで笑うとディアッカはエレカのスイッチを入れて、アクセルを緩く踏みこんだ。







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